Delinquent-03



 ディヴィッドの両親に頭を下げて謝り、再度5日間で目を覚まさせると宣言した。ディヴィッドさえいればいいというのは最低限。出来れば2人にも私を受け入れて欲しい。

 ここで喧嘩をするんじゃなくて、分かってもらうのが最優先。


 この女なんて言われたけど、それを後悔させてみせる。嫁いびりなんて恐れ多くて出来ないくらい感謝させてやるわ。


 良い事をするんだから、偽善でも何でもざまあみろと思わせるために頑張ってもいいじゃない。性格が悪いなんて言われる筋合いはない。


「ジュリア、どう!?」

「あ、ローリ、エリック。うん、今私が目覚めさせると宣言したとこ」


 ふいに背後の扉が開いた。ローリとエリックも到着したんだ。病室の中には立ってる大人が総勢7名。いくら個室とはいえ、これだけいるとちょっと暑苦しい。


「エリック君、と……」

「こっちは婚約者のローリです。すみません、おじさん達がディヴィッドの恋人を選ぼうとしていたのを聞いて、慌ててジュリアを連れてきたんです」

「初めまして、あたしはジュリアとディヴィッドの友人のローリです。あたし達ディヴィッドから、ジュリアに渡す指輪を預かっているんです」


 ローリがそう言うと、エリックがポケットからあの指輪を取り出した。


「ディヴィッドがどういう気持ちだったのか、分かりますよね」

「あの事故の日、あたしとエリックはディヴィッドに頼まれて先回りしていました。自然公園のデッキで、彼はジュリアに婚約指輪を渡すつもりでした」

「それは……本当か?」


 おじさまがエリックから指輪を受け取った。裏に何が彫られているのか、私は知らない。おじさまはその何かを見て、ため息をついた。


「……ディヴィッドに決めさせよう」

「あなた、でもそれじゃあ」

「最新医療を金の心配なく受けさせてくれるのなら、その恩も確かにある。だけど、ディヴィッドがジュリアさんを選ぶのなら、その金はディヴィッドが返せばいい」

「何それ。アタシの申し出を後で断るってこと? アタシがパパに頼まなきゃどうにもならない事なんだけど?」


 アンナがおじさまに不躾な口調で問いかける。おじさまは……いくら息子の命のためとはいえ、金で売るような真似はしたくないんだと思う。

 一方のおばさまは、助かれば後は何とかなると思って、ディヴィッドをアンナと結婚させるつもりなんだわ。


「アタシはディヴィッドと結婚したいの! アタシが結婚したいって言ってんだからさ、その通りにするのが当然じゃん?」

「何で当然なの」

「あ? アタシが欲しいものは何でも手に入るの、そういうもんなの。あんたよりアタシと一緒の方が似合うし、ディヴィッドも幸せじゃん」


 ディヴィッドの結婚相手がその女で、本当にいいの?

 命が助かっても、その後の人生をそいつと歩ませていいの?


 性格の悪い私が言える事じゃないけど、私は変わると宣言した。ディヴィッドのために、ディヴィッドを取り巻く全ての人のために。


 そのためには、言わなきゃいけない。


「おばさま。私はディヴィッドには幸せになって欲しいんです。命を救ってくれたからという理由で、好きでもない人と結婚する人生なんて、おばさまは幸せですか」

「あー? ちょっとぉ、あんたが一緒で幸せって決まった訳じゃないじゃん。何自分が当たり前に結婚できると思ってるわけ? アタシのもんだし」

「私はおばさまと話をしているの。パパ以外に取り柄がないあなたと、どんな幸せを築いて暮らしていけばいいの?」

「何この女、むっかつく! ブスのくせに」

「そう? あなたと一緒ね。じゃあブス同士仲良くしましょ」


 私はおばさまの答えが聞きたい。この躾のなってない女の言葉なんてどうでもいい。


「あー、おばさん。ただの友達の分際でって思うかもしれないけどさ。あたし達、ディヴィッドがどれだけジュリアの事を好きなのか知ってるの」

「ええ。ディヴィッドが女の子にモテるのは、よーくご存じだと思います。恋人に気に入らない所があれば、他に女はいくらでも替えが利くんですよ、こいつ」


 エリックはきっと私の知らない女性遍歴を詳しく知ってるんだろう。


「ディヴィッドは、女が取り合うくらい顔もいい、性格もいい。そんなディヴィッドがジュリアを選んだんです。ディヴィッドの考えが変わると思いますか」

「ディヴィッドの知り合いを通じてSOS出してみては? 実際、毎日のように誰かが見舞いに来るでしょ? みんなディヴィッドの為なら喜んで援助する。それくらい、みんなディヴィッドを慕ってる」


 私が本当は何が言いたいのか、ローリとエリックは分かってくれていた。

 アンナに頼って、一生頭が上がらないような人生を親子共々送る必要なんてない。


「どーでもいいけど、その婚約指輪はアタシが貰うって決めたから。あんた命以上に価値あるわけ? パパに言いつけて出禁にしてもらうから」


 アンナはそう言うと、おじさんからクリームパンには明らかに入らない指輪をひったくった。

 でもうっとりした表情はほんの一瞬。すぐに顔をしかめておじさまに付き返す。


「何これ、あんたこんなもんしか貰えないなんて、マジで愛されてると思ってんの? アタシが貰うのはもっとダイヤの大きなのがいい」

「はっ?」


 なんて言い草! 私は指輪や宝石の価値なんて全く分からないけれど、気品があってとても素敵だと思ったのに。

 ディヴィッドらしくて、私も似合うような上品な女になろうって、思ったくらいの指輪だったのに。


「だってさあ。パーティーに嵌めて行くのに、見せびらかせない指輪に意味なんかないじゃん。アタシにはもっと高いの買ってくれるはず」


 ああ、やっとおばさまの顔が真顔になった。そうよ、今あなたはこんな女と結婚させようとしてたのよ。


「き、気持ちが大事だと思うわ」

「はあ? アタシにこんな安っぽいの贈る息子とか、情けないと思わない? 気持ちなんて周りには分からないんだよね、見たままが全てじゃん」


 なんて奴! ディヴィッドをこんな女と一緒になんてさせない!

 親が許しても、私との結婚を断固拒否されても、この女とディヴィッドを結婚させてたまるもんか!


「それどこで買ったやつ? アタシ、カルティエ派なんだよね。カタログ取り寄せるから、買って欲しいやつ見といて。次にアタシが来る時、この貧乏な女を部屋に入れないでよね」


 そう言うとアンナはディヴィッドに汚い笑顔を向けて投げキッスをし、私を睨んで部屋を出て行った。

 ボディーガードの疲れた表情が、日頃の彼女の態度を全てを表してると思う。


『オレは良い恋人と友人を持ったな』

「今頃気付いた?」

『それと、安っぽい指輪で……ごめん。俺としてはしっかり選んだつもりなんだが』

「私にはもったいないくらい。本当に素敵だと思ったの、最高よ」


 私はディヴィッドが必死に選んでくれた事、それが嬉しい。贈って良かったと思って貰える事こそが指輪の価値だと思う。


 静けさを取り戻した室内。真っ先に口を開いたのはおばさまだった。


「……ごめんなさいジュリアさん。私、ディヴィッドが助かるならと思って……本当に酷い事を言ったわ」

「ええ、ほんと酷いと思いました。でも言いましたよね、言いたい気持ちは分かりますって。もう気にしません」

「有難う。今更だけれど、ディヴィットが目を覚ますとしても、あの女に息子を渡したくないの。本当に5日でディヴィッドを目覚めさせられる?」


 ようやくこれでおばさまも味方になった。力を借りる借りないは別にして、味方は多い方がいいもの。


「本人がその気だから、期待して下さい」

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