Delinquent-02



 * * * * * * * * *





 病院に着いた私は、走れないローリとエリックに謝り、早足でディヴィッドの病室へと向かった。

 フロアには既に死神のディヴィッドが待っていて、私を見るなり飛んでくる。


「ディヴィッド!」

『待っていた。院長の娘が両親を相手に治療費を全額出すだの、最新の治療をするだのと言って説得している』

「その進捗は?」

『新婚旅行はウユニ塩湖を見に行くそうだ』

「陥落間近じゃない! あーん、もう!」


 もう何度も通った真っ白な通路は、食事を運ぶ看護師さんで慌ただしい。そんなカートを避けながら進んだ先に、黒いスーツを着たガタイの良い男が1人立っていた。


 ディヴィッドが寝ている個室の前。個室で長期間入院していられるのはディヴィッドが良い保険に入っていたおかげ。


 そして、そのディヴィッドだけが入院している部屋の前にスーツを着た男がいるって事は、ディヴィッドに何かしらの用があるって事。


 それは、院長の娘。


 私がディヴィッドの名を呼びながら突入しようとすると、スーツの男が私を制止した。


「ちょっとあんた何よ! あんたに私を抑え込む権利があるの?」

「院長のご令嬢のボディーガードだ。オレはお嬢様を守るだけ」

「院長の娘は親の権力と金を使って民間人を拘束する! って噂してもいいのかしら。それとも弁護士を呼ぶ?」


 男は躊躇ったのか、部屋の中で腕組みしている女へと視線を向けた。そこにいたのはやや小柄で、少なくとも私よりは体重がありそうな女。


 足を開いて立ち、あまり似合わない白いフリルのワンピース。染めたであろう金髪、パンパンな白い顔、クリームパンのような手。気の強そうな顔を隠せていないぶりっ子メイク。


 ……って、まずい! ぶりっ子メイクなら私もしてるんだった!

 慌てていたからすっかりメイク戻すの忘れてた! こんな姿をディヴィッドの両親に見せるなんて……。


「パーカー、その女、誰?」

「さ、さあ、入ってこようとしたもので」

「フン。あんた何? 馬鹿っぽいメイクね」


 うわ、ムカッときた。馬鹿だと思われるように頑張ったメイクだけど、言われると腹が立つ。

 その横ではディヴィッドの両親がこちらを呆然と見ている。

 なんであなたが? という驚きなのか。それとも私の酷い化粧のせいなのか。


「メイク? ああこれね。フフフッ、お互い様ね、仲良くなれそう」

「はあ? 何こいつ」


 苛立つ院長の娘なんか、今はどうでもいい。とりあえずディヴィッドの両親にこの場に留まる事を許してもらわないと。


「お久しぶりです、おじさま、おばさま。こんな見苦しいメイクでごめんなさい、駆け付けたものだから」

「ジュリアさん……なのよね? あ、ああ、そうね、驚いたわ」


 二度と顔を見せるなと怒鳴られた私と、怒鳴ったおばさま。その事は忘れていないのか、おばさまの顔はちょっと引き攣ってる。

 でも何しに来たの、出ていけ、そう言わないって事は……おじさまは、おばさまの言葉を知らない?


 それなら、敢えて私から話を出して、しおらしくするのがいいかも。


「……二度と顔を見せるなと言われた事、忘れていません。気持ちは痛いほど分かります。だけど、どうしても私にチャンスが欲しくてやって来ました」

「あっ、えっと……」

「お前、何か言ったのか」

「え、あ、あの……わたしは、そんな」

「ジュリアさんはディヴィッドを捨てて行方をくらましたって、お前言ったよな」


 おじさまが驚いて自分の妻へと顔を向ける。夫の視線に血の気が引いたのか、おばさまは慌てて言い訳を始めた。


「あ、あの、わたしはそんな意味で言った訳じゃ」

「じゃあどんな意味だったんだ」

「ちょ、ちょっと勢いで……あなたのせいだって」

「何がだ、何がジュリアさんのせいなんだ」


 ああ、ちょっと出方を間違ったかも。私は院長の娘の質問を無視したままだし、おじさま達も院長の娘に構ってない。

 院長の娘は怪訝そうに私やおじさま達を見比べている。


「あ、あの! おばさまの気持ち、よく分かるんです! 私もあの鹿のせいで……って思ってます、今も思ってます。私のせいというのは間違いじゃありません」

「わ、わたしはその、勢いで言って後悔していたの。本当にごめんなさい、とても酷い事を言ってしまった。来てくれて有難う、嬉しいわ」

「私こそ、気を使わせてしまってごめんなさい。その、お取込み中だったみたいですけど……」


 そう言うと、院長の娘が私をキっと睨んだ。いつも注目の的なのに、いきなり入って来た見知らぬ女が全ての話と注目を搔っ攫ったんだから当然か。


「アタシたち、今結婚の話してるんだけど? 関係ない人は帰ってくれる?」

「結婚?」


 私がまるで今知ったかのようにおばさまへ視線を向けると、まずいと思ったのか目を逸らした。

 そう、いくら私の前で謝ったとしても、もうおばさまの中で私はディヴィッドの彼女じゃない。私は元彼女であり、この場では無関係な無職女。


「あ、ああ……こちらの方はこの聖アンナ病院の院長先生の娘さんでね。ディヴィッドの治療を全面的にサポートしてくれると……」

「そ、そうなの。ジュリアさんには悪いけど、ディヴィッドのために仕方がなくて」

「そーいうわけ。アタシがパパに頼んで、ディヴィッドを最新の手術で治してもらうの。そしたらその後で結婚すんの」

「そこにディヴィッドの意見は? 彼はそれを望むの? 彼は私と別れさせられた事を知らないでしょう?」


 私のこの発言で、ようやく院長の娘は私が元彼女だと知ったらしい。

 フンと鼻を鳴らし、クリームパン……じゃなかった、右手で髪をかき上げた。


「未練がましい女ね。アタシはパパに頼んでディヴィッドを助けてもらうの。目覚めさせてくれるんだから、望まない理由はないってわけ」

「ディ、ディヴィッドは不義理をしない子よ、アンナさんに感謝して共に歩むわ」


 お前もアンナかい。じゃなかった、って事はこの病院の名前は娘の名前を付けた?

 ディヴィッドの命と引き換えに、勝手に好きでもない女と結婚させる? 

 娘の名前を付けるくらいだから、院長はこの娘を甘やかしているだろうし、娘の希望通りにするんだろう。


「ディヴィッド、一応確認するけど」

『絶対に嫌だ。不義理というならジュリアとの強引な引き裂きも不義理だ』

「ディヴィッドがそう言ってくれるなら。ちょっと酷い事を言うけど、許してね」


 私はふっと息を吐いてアンナを睨んだ。


「その理屈だと、ディヴィッドは院長か執刀医に感謝して、そのお医者様とお付き合いするのね」

「はあ?」

「はあ? じゃないわ。あなたは院長に頼むだけでしょ、余計に感謝される理由ある? それに娘が助けろと言えば他の患者そっちのけで最優先なんて、どれだけ訴訟を抱えるのかしらね。それと」


 私は次に、おばさまへと視線を向けた。おばさまは視線を逸らしたけど、見つめるのは止めない。


「ディヴィッドに不義理をさせないのなら、目覚めたディヴィッドにハッキリと私を振らせるべきよ」

「まあ、それは、そうだな。ディヴィッドに決めさせてはどうか」


 おじさまはなんとなく……私の味方をしている気がする。だけどおばさまは返事をしない。


「もう6日後に手術が決まってんの! アタシがパパにお願いしたの! 手術やめさせて助かるチャンスを逃すわけ?」

「それは駄目! 待って、この女とは必ず別れさせますから! どうか手術を……」


 この娘、クチャクチャと何噛んでるの?

 おばさまも、息子のためじゃなくて自分のために懇願してる。私をこの女って。


「6日後? 手術なんて必要ないわ、キャンセルしてどうぞ。私が5日で目覚めさせるから」

「はあ? 何あんた、医者でもないくせに」

「あんたもでしょ。手術が結婚の条件なら、受ける前に目覚めさせるまでよ」

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