【Delinquent】まるで嵐の前の暴風のように

Delinquent-01



【Delinquent】まるで嵐の前の暴風のように




 * * * * * * * * *



「どう?」

「あー……そうね、何も考えてなさそうな頭悪い女って感じのメイク」

「言われると腹が立つ。でもそれなら狙い通りね」

『そこまで濃いメイクが必要なのか? 悪魔と対峙するのに色仕掛けなんて通用しないと思うんだが』

「ディヴィッド、私が悪魔を誘う女に見える?」


 悪魔が外に出てくるのは夜、もしくは暗い所。手っ取り早く会うには夜がいいって話になって、私達は計画のための準備を始めた。


 まず、私が悪魔に会いに行く。私の魂はディヴィッドが持っているから、万が一の際、私が殺されることはない……って、ホント大丈夫なのか疑問なんだけど。


 どのみち、私は覚悟を決めた。ディヴィッドと共に生きていける人生を手に入れるため、ディヴィッドが生き返るため、私以外の誰にも出来ない事だから。


 そのためには、隙だらけのチョロい女になり切る必要がある。警戒心を抱かせないよう、出来るだけ無策で何も考えてなさそうな女を演じなきゃいけない。まず外見で悪魔を騙すの。


 アイラインを引き過ぎて垂れ目に、眉尻もしっかり下げる。チークを必要以上に乗せて、仕上げのグロスでぷりっぷりに。そして常に半笑いを心がける。


 私がいっちばん嫌いなぶりっ子を演じるってわけ。


「ジュリア、もっかいやってよ」

「え~っ? ……なんかあ、わたしぃ、悪魔みたいのがぁ見えるんですよぅ~」

「ぶっ! あはははっ! もう、笑い過ぎて出産しそうになったらどうしてくれんの! 悪魔もドン引きね」

『出会った当初のジュリアの喋り方、そんなだったぞ』

「うっそ!?」


 まあとにかく、これで悪魔にだって賢くない事は分かって貰えると思う。


 容姿と喋り方はとにかく、問題はその後。私はメモを見ながら手を上下に動かしつつ、自分の行動を冷静におさらい。

 パニックになると自分でも訳の分からない事を言い出すから、ほんと自分の行動すべき事を叩き込むのが大事。


「えっと……私はまず、悪魔に会うでしょ? んで、死神から自分の身に起きている事を聞いて、相談にやって来たって伝える」

「それと、どうやったら死神が見えなかった頃に戻れるのかと尋ねる。何にも知らない馬鹿な女を演じる」

「エレメンタリースクールの発表劇で、通行人その1の演技に怒られた私がね」

「大丈夫。あたしはキンダーガーテンの時、主役の子を泣かせて欠席させられた。ジュリアは演じただけマシだよ」


 なんて低レベルな私達。そう、私はこういうのが本当に苦手。才能がないの。代わってくれるなら誰か代わって欲しい。


「悪魔に、自分の秘密を悟らせない……死神に触れる事を悟らせない……それで、私が悪魔にしがみついてる間、ディヴィッドが鎌で首をバッサリ」

『……上手くいくのだろうか。それこそ仲間を集めた方がいい気がするんだが』

「悪魔の名前を吐かせるとか色々聞くけど、あたし達エクソシストじゃないからね」

「いい案だと思ったのにな、エクソシスト作戦。肝心のエクソシストがディヴィッドの姿すら見えないなんて。私の方が才能あるかも」

「信心深くないあんたに払える悪魔なんて、誰の脅威になるのさ。まあそれに負けてるエクソシストも考えもんだけど」


 雨の中を訪ねた隣町の教会。悪魔払いの相談は門前払いも同然だった。



 ≪声が変わったり、異常な行動を取ったりしましたか≫

「あー……声は普通よ。行動というか、異常というか、見えないはずのものが見えてるの」

 ≪行ったことのない場所で起きた出来事の詳細を語った事は≫

「あー……そうね、それはあるわ。死神に聞いたら教えてくれるの」

 ≪普段使わない言語を喋る事が? 誰かに指摘されたことは?≫

「えっ、誰が? 私? えっと……ボンジュール、ゴメナサイ、トゥリマカシー辺りは。発音は自信ないかも」

 ≪質問の意味、分かってますか?≫



 色々質問されたけど、結局悪魔払いの対象にはならないって言われた。幾つか満たしていない項目があるんだって。ついでに精神科の受診を勧められた。


 そもそも、私は悪魔に憑りつかれてなんかない。一緒に来て悪魔を倒して! ってお願いだったのに、憑依されてないケースは駄目なんだって。


 エクソシストは悪魔を祓うだけで、倒せる訳じゃない事を学んだだけ良かったと思うしかない。


「ていうか、私今気付いちゃったんだけど」

「ん? 悪魔の殺し方?」

「違う。暗かったらメイク意味ないじゃん」

「……ぷっ! 確かにそうね、ふははっ、せっかくそんな顔になったのに」

「私の心が死んだだけね。顔洗ってくる」

『たとえ普段からそのメイクだったとしても素敵だよ、と言えなくてすまない』

「さすがにお世辞だって気付く。てかこんなメイクの女が好きな男なんて、私からお断りよ」


 そう言いながら私が洗面台に立った時、ふと部屋のチャイムが鳴った。ローリが代わりに出ようかと言ってくれた直後、ローリのスマホも鳴り始めた。


「あー、もしもし? え? あ、分かった。外にいるの、エリックだわ」

『外にいるのはエリックだった』

「私が出る。このメイクを見て失神されなきゃいいけど」


 まだメイクは落としていない。仕方なく扉を開けると、エリックの顔が凍り付いた。


「どうしたんだ、その酷い顔……」

「ひど……あー、これには訳があって。ローリのお迎え? ごめんね、もう外が暗くなり始めてる」


 きっとローリを迎えに来たんだと思う。妊婦だからと一応私も無理をしないでと言ってるんだけど、気を付けて見てないとスキップしそうなローリだから当然か。


「迎えに来たのはローリと君だ。すぐにディヴィッドの病室に」

「えっ、何かあったの? ディヴィッド、あなた体調に異変は」

『特にない。俺の本体は特に問題ないはずだ、あと6日の猶予がある』

「とにかく、出る準備をしてくれ! ローリ、手を貸すよ。カバンはオレが持つから」


 エリックの顔が凍り付いていたのは、私の顔のせいだけじゃないみたい。ディヴィッドに何が?

 エリックは尋ねても言葉を濁すし……。


『俺は先に病室へ行ってみる。すぐに追ってきて欲しい』

「ええ。すぐに向かうから」


 ディヴィッドが夜の闇に消えていく。エリックはディヴィッドが周囲にいないか念を押した後、とんでもない事を言い出した。


「聖アンナ中央病院の、院長の娘が」

「……院長の娘? え? 知らない、面識がない」

「面識はどうでもいいんだ。院長の娘が……ディヴィッドを」

「何? あんたがジュリアより動揺してるのは分かった。何があったの、ほら深呼吸! そんな気が動転したまま運転なんかさせないよ」


 エレベーターを待ちながら、言い難そうなエリックの言葉を待つ。駐車用スペースで車の後部座席に乗り込んだ時、エリックがルームミラー越しに私に視線を向けた。


「落ち着いて聞いてくれ」

「……? ええ、私は落ち着いてる」

「あ、ああ、そうだよね。あの……オレが見舞いに行ったらさ。院長の娘が病室でディヴィッドの親と話をしてて」

「院長の娘? え、ディヴィッドの両親と知り合いなの?」

「さあ、そこまでは。とにかく、院長の娘が、パパが治してあげるからその人と結婚させて……と」

「は?」


 は?


 ディヴィッドと結婚させろ? え、どういう事?


「前々からディヴィッドの事は知っていて、気になっていたそうだ」


 確かにディヴィッドは目立つ容姿だし、交友関係も広かった。この近辺で知られてるのは仕方ない。だけど立場を利用して新しい彼女の座に……なんて悪魔なの! 


 とりあえず先にこっちの悪魔を退治しなきゃ。


「……すぐ向かって!」

「かっ飛ばしなエリック! ああ落ち着いて、落ち着いてかっ飛ばして!」

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