Break the rules-08
せっかく受け入れようとしていたのに。ディヴィッドの残り時間をせめて幸せに過ごそうと思ったのに。
また期待や希望が扉を開けて私をひっぱろうとする。
まだチャンスがある? 私には何が出来る?
「何がしたいかははっきりしてる。今度は何が出来るか」
「ん? どうしたの?」
「まだ何とかなるかもしれない。死神を操る悪魔が嘘を付いているかも」
「じゃあディヴィッドはまだ目覚めるかもしれない? まだやれる事があるならやらきゃ。あたしも手伝うよ」
ローリがニッコリと微笑んでからケーキを頬張った。イチゴを味わいながら親指を立てたのは、イチゴが美味しかったから? それとも頑張ろうって意味?
雨は小降りで、外を歩けない状況じゃない。今からだって行動できる。
まずは状況を整理しないと。
「ディヴィッドに残されているのは6日。死神が言う条件を満たしたけど、ディヴィッドは消えていない。私も死神になっていない」
『そうだな、よく考えると俺が今消滅していない時点で、何かがおかしいと気付くべきだった』
「……ディヴィッド、私の魂、まだ持ってるよね」
『ああ、持っている』
「まだ持っててね」
ディヴィッドが悪魔が言った条件を達成していないとして、私の魂を手放した場合、私はディヴィッドの姿を認識できなくなるかも。
最悪の場合、記憶喪失になる可能性もある。
じゃあ、今のこの状況を解決するのか。ディヴィッドはどうしたら目を覚ますのか。
「ディヴィッドが私の魂を持っている間は、私はディヴィッドと会話が出来る。手放されたら何も出来なくなっちゃう」
「ねえジュリア。死神同士って鎌で戦ったりしてたんでしょ?」
「そうね。戦わされていたというのが正しいけれど」
「死神同士だとぶつかったり出来るんだよね」
「そうね。壁に寄り掛かる事も出来るみたい。床に座ってすり抜けて落っこちる事もないみたい」
ブラックはブーツを履いて床に立ってる。壁をすり抜けることも出来るのに、すり抜けようとしなければ触れる?
「……ディヴィッド、どうやって壁に寄り掛かってるの? 触れるよね」
『すり抜けようとすればすり抜けられる』
「人には触れないの?」
『魂に鎌を振り下ろす事は出来る。人の体や命あるものは触れない』
「ディヴィッドってどの辺りにいる? ごめん、ジュリアの右隣に座ってくれない?」
ローリが何かを閃いた。ケーキのフォークを静かに置いて、グレープジュースを一口飲む。
グラスから雫が滴り、木製のテーブルにコップの底の形のシミを作ってる……なんて考えていると、そのシミとはズレた所にコップが置かれた。
『座ったぞ』
「座ったぞ、って言ってる」
「そう、ありがと。どこ見て話せばいいか分かるから助かる」
「クマのぬいぐるみを代わりに置いとこうか?」
「……ぬいぐるみと会話?」
「死神と話する私より、見えてる分かなりマシ」
「それもそっか。じゃあクマさん置いて」
普段の私達なら、まずぬいぐるみを見て話しかけたりしない。そういうの、おかしな奴だって思う側だった。
そんな些細なところから、私は変わったと思う。
プスは動き回っちゃうから、全然目印にならない……というか、ペットに話しかけるのはセーフよね?
腕に抱けるくらいのクマのぬいぐるみを寝室から持ってくると、ローリが「あんた今もベッドに置いてるの?」と笑った。
ルームシェアをしてた時から、このクマの定位置はベッドの枕元って決めてたもんね。
「さて、じゃあクマさん。お名前はなんでちゅか」
「もう、やめて。似合わない」
「似合わないはひどい! もう、ジョークだよ。ディヴィッド、ぬいぐるみには触れる?」
『触る事は出来るが、動かす事や持ち上げる事は出来ない』
「触れるけど、持ったり押したりは出来ないみたい」
ローリは成程ねと言って、部屋の中をぐるっと見回す。
「あたし達の服は? 物体って概念で言うと、服に触る事は出来るんだよね」
『服も同じだ。そこにあるだけなら触れられるが、人が着た状態のように動く状態であれば触れ続ける事は出来ない』
「服そのものは触れるけど、微動だにしてない状態じゃないと駄目って」
「なるほどね」
ローリは何に気付いたの? 人には触れないけど、人が着ている服には触れる。それなら服の上から人に触ればいい……って言いたかったのかな。
どうやらそれは出来ないみたい。まあ、人の方だって触られてもその感触は分からないでしょうけど。
「死神側から干渉できるのは、他の死神、死神の持ち物、その他は触ろうとすれば床や壁、動かない物体って事ね。物理的な力は発揮できない」
「うん、そうみたい」
「ジュリアは?」
「え、私?」
「死神に触る事って出来るの?」
突然の問いかけだった。ローリの質問の意味が分からず、右隣りのディヴィッドの顔を見上げる。その造形は一切分からないけど、ディヴィッドも動揺しているみたいだった。
「他の死神と会話出来て、視認出来るのは、魂を削られたからでしょ? あんたは死神側に片足突っ込んだ状態よね」
「それはそうだけど……」
「あんたは今、人なの? 死神なの? それとも、両方?」
どっち、なんだろう。今の私の状況を考えた事はあった。でも私を死神だと認識した事は……ない。
「私、死神でもある? え、でも鎌持ってないし、悪魔とも会ってない」
『ジュリア』
ディヴィッドが私の名前を呼んだ。ふと左手が私に伸ばされる。
その手は……私を通過した。
「……期待したけど、駄目みたい」
「ジュリアが触ろうと思って触ったら?」
「一緒だと思うけど」
「思うだけなんて寝てるのと一緒。やらなきゃ」
「分かった」
ため息をつきながらも、私はもしかしたら、ともう1度だけ期待を拾った。そっとディヴィッドの黒いコートに手を伸ばし、フードに……
「触れた」
「うっそ」
「ここに、ここにフードがあるの! ここが肩! ディヴィッドがここにいるの!」
うっそ……。
私から触れるっていう発想はなかった。
私は死神でもあるけれど人でもある。私が意識すれば触れる、って事だと思う。ディヴィッドも驚いてる。
『ジュリア……』
「ああ、ディヴィッド! もう一度抱きしめる事が出来るなんて!」
『君をこうして抱きしめる日をどれ程夢見ていたか! もっと早くに気付いていたかった』
ディヴィッドの声も涙ぐんでいる。私はもう化粧が崩れているし、もう涙を流しても気にしない。
キスしたいけれど、その顔を見せようにも、フードも口を覆うスカーフも剥ぎ取る事が出来ないらしい。
「あたしにはジュリアしか見えてないけど……今からおっぱじめるなら帰ろうか?」
「あっ……コホン、ごめんなさい、つい」
そうだった、ローリがいたんだった。
何もないところに抱きついて愛を囁くなんて、傍から見れば頭おかしいよね。
「……それで、ディヴィッドをどうやって目覚めさせるか、なんだけどさ」
「あっ、うん……ディヴィッドに触れるって事は、私は死神になってる。その時点でディヴィッドの方も魂を刈る事については条件を満たしてるって事」
『条件が正しければ、という前提ではあるが』
「ジュリアもその悪魔を見る事が出来るんだよね? そんでもって、悪魔はジュリアの状態を知ってるの?」
『いや、わざわざ伝えてはいない』
「伝えてないって」
ローリは私の言葉を聞いて、ニヤリと笑った。
「何でそんなに色々急に閃いてるの?」
「ケーキで糖分を取ったからかも? あんたも食べて頭働かせて。さ、あたしの作戦聞いてよ!」
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