Break the rules-07
ディヴィッドは生き返る事ができない。私の記憶も失われる。
それじゃあ一体、ディヴィッドの50日間は何だったの? 私はブラックに魂を削られてまだ3週間経つか経たないかくらいだけど、あと1か月は何をやっても忘れるって事。
誰も得しない。私がディヴィッドのために変わる必要もなくなった。
「そんなの、ないよ。私が何のために頑張ってきたか分かってるでしょ? 失いたくない、愛してるからこんなに色々悩んでいるってのに!」
『俺が消えるまでは、なんとか君に希望を持って欲しかった。死神ブラックとして傍に付き添い、君が立ち直って前を向ける事を見守ろうと思った』
……余計な気遣いよ。
「私があなた以外の男を好きになるって? 有り得ない。あなたが他の女を好きになる事があっても、私はディヴィッド以上に好きになれる人が現れると思えない」
『もっと死神の真実を早く知っていれば良かった。現状に疑問を持ち、行動する意欲があれば目覚める事が出来たんだ。君を抱きしめることも出来た。泣きたいよ、俺はジュリアを愛し続けたかった』
弱音なんて吐かない人だった。何にでも前向きで、絶対にどうにもならないような事態でも、他に幾らでも世界はあるんだと言って笑う人だった。
ローリ程強引ではないにしろ、ネガティブな私を引きずってくれる人だった。
顔良し性格良しで高身長、仕事もあって、犬歯が鋭くてキスに向かない以外、非の打ちどころは無いと言っていい。
いつ誰に奪われるかと内心不安を抱えていた。
だけどディヴィッドは結局どんな女に言い寄られても、時には男に言い寄られても、私を愛し続けてくれた。
まさか悪魔に奪われるなんて。
『俺は、たとえジュリアが男だったとしても愛してしまったんじゃないか、そう思ったりもした。君といると、俺は理想の男を演じなくても良かった』
「私は、いつ幻滅されるかってドキドキしてた。容姿も性格も収入だって、私より上はいっぱいいるから」
『ジュリア、自分で言うほど性格悪くない。君の上がり下がりの激しい性格、面白いと思うよ。一緒にいて飽きないし、機嫌が直るのだってちょろ過ぎるくらいさ』
久しぶりに恋人同士として繰り広げる会話。どれだけこの当たり前を望んでいたか。
未来には絶望しかないけれど、私は悲観するのを先延ばしにした。ディヴィッドにはもう数日しか残されていない。
ディヴィッドの最期まで、私は彼を笑顔でいさせたい。顔は見えないけれど。
「あなたがやり残した事って、何かある? いや、いっぱいありそうだけど」
『君と結婚したかった。子供が欲しかった』
「目覚めてくれないと叶えられそうにないわね」
雨は少し弱まってきた。除湿にしていたクーラーのタイマーが止まり、途端に室温が上がり始める。その時ふと部屋のチャイムが鳴った。
「……誰だろう。あっ、電話」
ローテーブルの上で振動するスマホを手に取ると、相手はローリだった。プスは驚いて別室に逃げていく。
「……はい?」
≪あ、ジュリア部屋にいる? いるかなーと思って≫
「もしかしてチャイム鳴らしたのってローリ?」
≪そう。検診の帰りなんだけど、上がらせて貰えないかな≫
「すぐ開ける!」
突然何だろう? いつも事前に連絡をくれるのに、雨の中わざわざ寄ってくれるなんて。玄関扉を押し開けると、ローリはニッコリ微笑んだ後で怪訝そうに眉をひそめた。
「あんた、目どうしたの。泣いてた?」
「あー……そんなに酷い?」
「絵の具が滲んだ似顔絵みたい」
「最悪。上がって」
涙は堪えていたつもりだったけど、全然ダメだったみたい。ローリは話を聞こうじゃないかと言いながら、私にケーキの箱をくれた。
「何かあったの?」
「いいえ。何でもない日よ、おめでとう」
「生憎今日はいい日じゃない、最悪なの」
「ケーキを買うのにいちいち理由がいる? あたしが食べたかっただけ」
ローリにはソファーに座ってもらい、私はグレープジュースを冷蔵庫から取り出した。部屋の中をキョロキョロ見渡すのは、多分ディヴィッドを探しているんだ。
「ねえ、死神のブラックさんは? 今日もいるの?」
「ええ、さっきまで話をしてた。ブラックの本名は、ディヴィッド・ガーランド」
「……嘘でしょ? ディヴィッドだったって事!? あーどうしよう、指輪の件、目の前でバラしちゃった!」
「大丈夫、その……ディヴィッド、生き返れないんだって」
自分でも意外な程冷静に返事が出来た。ディヴィッドは部屋の壁に寄りかかって腕組みをしてる。当然、ローリは驚いてこっちへ顔を向けた。
「生き返れないって、どういう事?」
「うん。複数の死神が1人の魂を刈る事って出来ないの。だから私を他の死神から守ろうとして、私の魂を少し削ったんだ」
「えっ? あんたの話だと、ディヴィッドが生き返って、あんたは死神になるはずよね」
「魂を刈っちゃいけないから、ディヴィッドは私の魂を刈った時点でアウト。ディヴィッドは私の魂を刈って、後で戻すつもりだった」
「……戻せないの?」
嘆いて暴れて、自分の状況をどんなに恨んでも仕方がない。そんな時間が無駄でしかない。私は頷いた後、「ノンカフェインよ」と微笑んでからグレープジュースのグラスを渡した。
「そんな冗談言えるって事なら、もう受け入れたって事ね。他に方法はないの?」
「受け入れたというか、ショックで実感がないというか。あのポジティブが服を着てるようなディヴィッドがお手上げなんだもん」
『俺はそんなに前向きだろうか』
「少なくとも後ろは見えてないわね」
私を尋ねてくる死神はもういない。この辺りで狩りをする死神がいなくなったんだと思う。
私はローリに手伝いを頼まなかったこの2日間、何が起きていたのかを伝えた。ローリは驚いていたけれど、理解はしてくれた。
「覚えていないってのは納得ね。死んじゃったと思ってたから特に考えていなかったけど、目覚めたのなら誰かお礼を言いに来てもいいわけでしょ」
「私もワークスの最後の勤務から今日まで、そしてあと1か月弱の記憶を全部失うの」
一番最悪な状況に記憶が巻き戻るなんて最悪。しかもディヴィッドが死んだ事まで忘れるって事だから。
私の記憶がなくなる瞬間、ローリには傍にいて貰わないと。やっぱり日記も書いておこう。忘れてしまうけど、何が起こっていたのか知る必要がある。
「えっと、ごめん。あたしが理解できていないだけかもしれないけど、結局ジュリアは何で死神になってないの?」
「えっ? それはディヴィッドが少ししか刈ってないから」
ふとローリが根本的なところから疑問をぶつけてきた。
「それって、ディヴィッドにとって一番大切な人の魂を刈る事に成功してるって言えるの?」
「成功してると、思う」
「じゃあ今のあんた、死神ってことよね? それで、ディヴィッドは魂が用意できたのにそのまま50日目まで過ごすわけ? 何かおかしくない?」
「もしかして、一番大切なのは……私じゃなかった?」
私はディヴィッドへと振り返った。ディヴィッドの答えは「そんなまさか」だ。
「ちがうって。そもそも一番大切な人の魂を刈ると成功って話自体、本当なの? ディヴィッド達に嘘ついてたんでしょ? その元凶の悪魔って」
「……悪魔は、まだ何か隠してる?」
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