Break the rules-06
ブラックが自分の事を語りたくなさそうなのは気付いていた。
私に首を突っ込む理由もないし、今となってはどこの誰かを聞いたところで、日記に記す以外に覚える術もない。
「何か言い辛い事があるなら、私は聞かないでおく。あなたはあなたの人生を生きる。あと数日で私の事を忘れる。私もあなたを忘れてしまうから」
『聞いて欲しいんだ。あと数日でも……なぜ、君が俺の姿に気付いたのか。その理由を』
「え? あなた、私があなたを見つけた時驚いてなかった?」
『ああ、確かに想定外だ。だが思い当たる事はあった』
相変わらずの黒いコートに黒いフード。死神達に顔はないのか、表情は一切分からない。だけど、どこか思い詰めた様子なのが分かる。
ブラックと共に過ごした2週間ちょっとで、私達はずいぶんと分かり合えたと思う。
「先に言っておく。私はちゃんと話を聞くから、話したいだけ話してくれていい。日記に書き綴るなと言うなら書かないし」
『いや、是非書き留めて欲しい。いつか俺が思い出した時のために』
「分かった。ローリを助けてくれたし、私と一緒にディヴィッドを目覚めさせようと頑張ってくれた。その恩を忘れたつもりはないから。相談はきちんと聞く。いい?」
『有難う。……ジュリア、君を死神の世界に引きずり込んだのは、俺なんだ』
「……はい?」
書こうとした文の1文字目が書けなかった。ブラックが何を言ったのか、理解できなかったから。
『それをずっと謝りたかった』
「ちょっと待って? どういう事? 私を引きずり込んだって、あなた私に何かしたの?」
『……君の魂は少し削られている。削ったのは俺なんだ』
「何ですって?」
ブラックは……まさか、私を殺そうとした?
私の魂を刈ろうとしたけど、私に見つかったから刈れなくなったって事?
プスを抱く腕に力が入り、プスが腕の中から抜け出て窓辺に向かう。大雨が打ち付ける出窓の棚に乗って、私をじっと見つめてる。
いや。私の魂を刈る気なら私と行動している間、いつでも刈れたはず。私を死神にさせたかった?
当然、怒りはある。だけど裏切られたというショックもある。それ以上に、私はなぜそうしたのか、なぜ今になって打ち明けたのかが気になっている。
「理由を、教えて。私、怒っていいのか悲しむべきか、どうしたらいいのか分からない。私を……弄んでいたって事? 暇つぶし?」
『そうじゃない。俺は、ずっと君の傍にいた。あの雷の日も、君やローリの会話を聞きながら頭上にいた』
「私の、傍? 私を狙っていたの?」
『違う。ただ、何も出来ずとも見守りたかった。だけど、そんな君を突然雷が襲った』
ブラックは、私をずっと見ていた? なぜ私を? あなたは……何者?
事故のせいで私は万全の体調じゃなかったから、魂を刈るにはちょうど良かった?
って事は、私が単独行動するのを待っていたの? 刈ろうとしたら先に死にそうになって、計画は水の泡って事?
『意識を失い、君は瀕死の状態だった。そんな人間が1人で倒れていたら、死神の恰好の餌食だ』
「……そうね、あなたが私の魂を削ったように」
弱って誰かに命を刈り取られるくらいなら、自分が刈ってやる。そういう事? この人は一体、何がしたいの。
私をこんな騒動に巻き込んで、一体何が目的?
ブラックは私の皮肉を聞き流した。ブラックは次に何を言う? 私を何度心の崖から突き落とすの?
せっかくディヴィッドが目覚めるというのに、何で最後まで黙っていてくれなかったの?
「どうせ覚えていられないから、自分の心が軽くなるように告白したって事? あなた、私があなたにどれだけ感謝していたか、頼りにしていたか、知ってるよね?」
『ああ、分かっている』
「実は巻き込んだのは俺です、迷惑掛けてごめんねー、50日間の記憶を失わせるのは可哀想だけど許してくれるよね、って? 冗談じゃないわ」
人生は思ったより長い。だけどあっという間。この26歳の50日間は、振り返れば私にとって不要な日々ではなかった。
それを、こいつが巻き込んだせいで……!
『怒る前に聞いてくれ。聞いた後で、それでも怒るというのならそれでいい。俺は話の後で君の魂を解放する』
「あらそう。でも生憎もう怒ってるの、信じてた人に裏切られてしょんぼりするような性格じゃないのよおかげさまでね!」
最悪。そりゃあディヴィッドのために色々な方法を試せたし、目覚める事も分かった。悪魔が裏で糸を引いていた事だって分かった。
だけど、私はその記憶を全部失う。50日、私は何もしていないのと一緒。ディヴィッドを心配して、何とかしようと頑張った私もいなくなる。
私が自分を変えなきゃって頑張ったのは、全て無駄。その様子を最も長く見ていた奴が、私の努力を無駄にするなんて。
『誓って言う。俺は君を守ろうとしたんだ。記憶を失う事なんて知らなかった。他の死神も知らなかっただろう? 俺は』
「魂を削っておいて、守るつもり? はあ? それが鎌じゃなくて盾だとでも? ごめんなさいね、生きてる人の間ではそれを鎌っていうの。覚えたまま目覚められなくて残念ね」
『君を、他の死神から守るためだった! 君を狙う死神は5体、俺だけでは守り切れなかった! だけど他の死神が魂を先に刈っていれば、もう別の奴は狙えない!』
「それで私を我先に死神にしてやろうって、馬鹿じゃないの? 重要なのは思いじゃない、事実よ!」
仕方なく魂を刈られようが、積極的に刈られようが、悪い死神だろうが良い死神だろうが、何の関係があるの?
その結果どうなるのか。全部一緒じゃない。それで守ってやったですって?
「あんた、死神が見える変な女の観察は楽しかった?」
『俺だって、……俺だって、刈らずに済むなら刈らなかったさ! ジュリアが死神になったって、他人の魂を刈らなければ目覚めるなんて知っていたら、俺は……!』
「守らずにさっさと他の死神に刈らせた? どうせ一緒よ」
『俺は、俺だけは……ジュリアの魂を刈っちゃいけなかったんだ! 俺がどんなにジュリアを愛しているか、あの事故の日、俺が何をしようとしたか、聞いただろう?』
「うそ、もしかして……あなた、ディヴィッド?」
まさか。私と一緒にいたのは……ディヴィッドだったの?
ブラックと呼んでいた相手はディヴィッドだった?
声は似てると思ってた。正直、ディヴィッドかもしれないと考えなかったわけじゃない。
フードの下の顔は見えない。目があるのか、口があるのかも分からない。本当にディヴィッドかどうかは確かめようがない。
ブラックがディヴィッドを騙っているのかもしれない。
でも、今はそんな事どうでもいい。
「何で、どうして言ってくれなかったのよ! どうして……何食わぬ態度で一緒にいたの? あなたを何とかしようと必死だった私に、何で……」
『正体を明かせるわけ、ないじゃないか。俺が目覚める事などないのだから』
「私の魂を刈ったから? じゃあさっさと手放してよ! 今の会話だって忘れるんだから、あなたの目覚めで元通りじゃない!」
『目覚める事は出来ない。一番大切な相手の魂を刈っては……いけなかったんだ』
そ、そうだ。ディヴィッドは私の魂を刈ったのに、生き返ってない。いや、刈ったから生き返れないんだ。
これが他人の魂だったら、5つ揃えなければ失敗って事で済む。だけど、ディヴィッドは失敗どころかやり遂げてしまった。
「ディヴィッド、あなた、もうすぐ死んでしまうの?」
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