Break the rules-05
エミーさんとは1時間程おしゃべりをし、私は大雨の中を再び帰る事にした。私を霊能力者か何かと思ったかもしれないけど、ひとまずそれはどうでもよかった。
私のスマホの履歴に残っている数人にも確認したけど、みんな目覚めていた。
少なくとも、私達が関わって相談に乗った死神は、全員人としての人生を取り戻している。
「でも本当に死神になっていた間の記憶が全くないのね。だから目を覚ました人から情報が漏れなかったんだわ」
『気付いた者もいたのかもしれないが、死神仲間にその話が浸透しなかった、か』
「死神になりたての人に、語り継いでもらう必要がある。みんなに無駄な殺し合いをさせちゃ駄目」
『その役目は俺が担う。あと数日程度だが、出来る限りやって見せるさ』
ブラックは出会った頃から一貫して頼もしい。死神の秘密を暴く前からそうだった。ブラックは誰の魂も刈っていない。だから目を覚ますことが出来る。
きっとディヴィッドもそうだと思う。優しい彼が誰かの魂なんて刈るはずがないもの。
「他の死神が時間切れで消滅しても、道連れにはならないって事よね」
『そうなるな。オレ達は死神に魂を刈られ、死神になった。だが俺を刈った奴はもう消滅しているだろう。まだ謎は残るが、少し希望が持てる』
「ねえ、私は……どうなるのかな。私も魂をほんの僅か削られているんだよね。ディヴィッドの事故からもうすぐ50日。私は50日間の記憶を失うの?」
『……どうだろうな』
ディヴィッドと事故に遭った日から、私はとても多くの経験をしてきた。しばらくは死神なんて見えなかったけど、雷に撃たれた後、ブラックを発見した。
ルームシェアを解消してすぐに恋人と別れさせられ、勤め先は倒産。雷に撃たれ、死神が見えるようになり、頭がおかしいと思われる覚悟で死神助け。
正直なところ、忘れるというよりは無かった事にしたいものばかり。時間を巻き戻せるのなら、ディヴィッドの車が事故をする前に戻りたい。
だけど、良い事がないわけじゃなかった。
ローリの妊娠発覚は本当に嬉しかった。私らしくない優しいひと時もあった。変わろうとすることが出来た。
実際、私は以前より皮肉っぽくなくなったと思うし、人助けを馬鹿にすることもなくなった。
そんな自分をまた以前の私に戻すのは、素直に惜しいと思ってる。
「ブラック。あなたと私、どっちが先に記憶を失うかは分からないけど。私が今思っている事は嘘じゃない。忘れているだけで今確かにここにある」
『急にどうした』
「もしかしたら、私の記憶の方が先になくなるかも。そうしたら、私はきっと以前の私に戻る。だからきっともう二度と伝えることが出来ない」
恋人との別れに怯える私に、ブラックはずっと寄り添ってくれた。
「有難う。私はあなたと出会えたから変わることが出来た。恋人の事を諦めずにいられた。まあ、途中でちょっと諦めそうだったけど。あなたのおかげで私は恋人を……」
『ジュリア。俺の方こそ礼を言わないといけないんだ。俺1人では死神の真相になど気付きもしなかった。覚えて貰えなくても、人助けが出来た』
「……お互いに恋人がいなかったら、ドラマみたいに恋愛に向かうんでしょうけど。私達はお互いの恋人のおかげでここまで頑張れた」
『そうだな、いずれ忘れてしまうとしても、俺にとってジュリアは本当に良い友であり相棒だった。君の幸せを心から祈っているよ』
まだあと何日かあるけれど。私の役目は終わった。ディヴィッドが誰の魂も刈っていないなら、ディヴィッドは確実に目覚める。
仮に誰かの魂を刈った事があっても、それを手放して50日目を迎えたら大丈夫。それはさっき電話した中の数人で確認済み。
説得して魂を手放させた人もいた。その人達がちゃんと目覚めていたのだから。
『ジュリア』
「ん? 何?」
『……家に着いたら、俺の相談にも乗って欲しい』
「あら急にどうしたの? もう目覚める事は出来ると決まったのに」
ブラックは自分の相談をしなかった。私は助けてもらうばかりで、結局何も返す事が出来なかった。
きっとディヴィッドの事で必死な私に対し、自分のために時間を割いて欲しいと言えなかったんだと思う。
空は相変わらずどんより。灰色の雲が足早に流れていく。天気予報を確認したけれど、明日の朝まで止みそうにない。まあ、雷がなくなっただけマシよね。
まだ背中にはもみの木のような痕が残ってる。だいぶ薄くなったけど、私が雷に撃たれたのは夢じゃないと言っているかのよう。
私が50日間の記憶を失っても、この痕を見れば思い出すかも。
通勤やランチの時間からずれているからか、バスは空いていて座る事も出来た。家までは30分も掛からない。
バスの中で会話をしていると変な人だと思われてしまう。私はブラックの相談の中身が何かを想像しながら、窓に打ち付ける雨粒を見つめていた。
* * * * * * * * *
「ひゃんー、ひゃー」
「あーんごめんね? プス、いい子にしてた? あなたを病院には連れていけないの。私はあなたの事、絶対忘れないからね」
家に帰った時、誰かが迎えてくれるのって最高。それが私しか頼れないから仕方なく媚を売る飼い猫であっても。
「そうだ、日記をつけよう。この50日間、私が何をしてきたのか、書き記すの! そうすれば、忘れていても何があったかは把握できる」
「ひゃっ」
「あなたの事も勿論書くからね。家に戻っていきなり猫がいた! なんて騒いだり、あなたを覚えていないまま数日帰宅しないなんて事がないようにね」
日記の重要性なんて全く考えていなかったけど、あと数日で全部書き上げなくちゃ。
それはそれで楽しいかもしれない。未来の私に伝えるなんて。
……昔の私に書かせなくてよかった。
「ふふっ。私、12歳の頃、夏休みの日記課題で毎日嘘を書いたの」
『全部嘘?』
「ええ。日記の中の私は、夏休み初日から日本旅行をしてた。京都に行って芸者さんのメイクをしましたとか、お城に泊まりましたとかね」
『……なぜそんなすぐにバレるような事を』
「反抗だったの。親は毎日仕事、遊びに連れて行って貰ったことなんてない。365日、天気が変わるだけ。唯一のイベントはクリスマスだけど、夏休みの日記には書けない。それなのに毎日毎日何を書けっての?」
思えば、私は幼少期からひねくれていた。何というか、色々諦めてたと思う。
言い訳すると、ちゃんと事実の日記も書いてた。留守番と公園の往復、その日に死んだ鶏の数は何羽、毎日その繰り返しの日記をね。
親もさすがにまずいと思ったのか、夏休みが終わった後で急に日帰り旅行に連れて行ってくれたっけ。
「ブラック、あなたの事もしっかり書かせてもらうからね。忘れても、知っておきたいの」
『……その前に。相談に乗って欲しいと言ったが、良いだろうか』
「ええ、もちろんよ。どんな事? 私に可能な事なら何でもやる」
『ならば……どうか、俺の謝罪を受け入れて欲しい』
「謝罪? 何かあった? 私は何も気づいてないし、気にしていないわ」
『俺は……俺自身の事を何も伝えていなかった。話せない訳ではない、話さず隠していたんだ』
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