Break the rules-03



 ブラックが外に出ていき、私はプスと部屋に残された。元人間ではない死神がいるのは、以前チラッと聞いた気もする。


 じゃあその死神がブラック達に嘘を教えてるっての? 魂を刈らなくても目を覚ます事ができるって事? 

 そうなると、死神達が良心の呵責に耐えながらやってる事って、何?


「神様って嘘を付けるのね。プス、あなたどう思う?」

「……」

「何でそんなやる気なさそうな目をするの」

「……」

「でも不思議よね。キリスト教だと死神は神じゃなくて悪魔扱い。仏教だったら何になるわけ? 信仰の違いで扱いが変わるなら、無宗教や多神教や空飛ぶスパゲッティーモンスター教の人は?」


 死神って、どこの宗教の神様? 


「神様は嘘をつかない、と考えると、嘘を付いている死神は……神ではないって事になるわね。悪魔と呼ぶべきかな。でもブラック達は悪魔ではないし」


 悪い幽霊、良い幽霊……何て言えばいいのかな。


「ひゃーん」

「あなた悩みなさそうでいいわね」


 プスには神様がいるのかな、洗礼を受けてなさそうだけど。


 古代、猫は神様とも悪魔とも言われてきた。それを神が決めたのか人間が決めたのかは分からないけど。

 飼い猫はともかく、野生動物って人が崇める神をそもそも知らないよね。


 例えば死神は1人で、ブラック達は神父や牧師の役割って事なのかな?

 いや、真の死神もローマ法王のような立場で、他に神様がいるってこと?


 え、でもそれじゃイエス・キリストは? 唯一神のイエス・キリストの他に神はいないはず。って事は死神は……神じゃないよね? やっぱり悪魔?


 でも死神は実際に存在してる。そして死神を神と認めちゃうと、キリスト様がいないって事になっちゃう。


 え、あれ? いやいや待って、死神は神じゃないって考える方が正しいのかな? 正しいんだよね?


「あーもう、分かんなくなってきた! とりあえず、私を救ってくれるのが神!」


 見方が変われば、そこに書いてある答えも変わる。真実は1つだけど、形はおそらく多面体。それぞれの面に聞こえの良い言葉でも書いてあるんだわ。


 今更ながら頭の中がぐちゃぐちゃ。信じていたものが次々と変化していく。私の中にあった真実には裏面があった。見えてないけど多分天井も床もある。


「まさか真実が部屋にまで分かれてたりしないでしょうね」


 ブラックは帰ってくる気配がない。私はそのまま就寝する事にした。明日はエミーさんのご両親に電話を掛けた後、家を尋ねなくちゃ。


 色々失った後、こんなにも誰かのために活発に動き回っているなんて。こんなに物事を考えるなんて。幸せな状況ではないけれど、今の私は間違いなく充実した内容の濃い日々を送ってる。


 明日、他の誰でもなく自分がやらなくちゃいけない事がある。それは疲れるけど、案外心地良い。


 私に何ができるのか。私がやらなかったらどうなるのか。そんな使命感、久しぶり。





 * * * * * * * * *





 次の日は大雨だった。窓の外は夏の朝なのに薄暗い。隣のビルの色と空の色がまるで同じ。

 どんよりとした雲が大粒の雨を落とし、私のやる気をも洗い流そうとする。


「おはよう。死神は濡れないからいいわね」

『数少ないメリットを褒められてもな』

「私は雨と雷は嫌いなの。セットしても髪が跳ねて広がるし」


 プスは朝から出窓に上って外を眺めてる。こんな雨の中をずぶ濡れになった事もあるんだろうな。

 外から見る景色と中から見る景色、同じものだと気付いているのかな。


「さて、そうも言ってられないわね。私が化ける間、死神とどんな話をしたのか教えて」

『化粧をそんなに念入りにしなくても、十分美人だ』

「みんな私の化粧した顔しか知らない。だから化粧した後の私を褒めて。それに美人かどうかを決めるのは世の中。すっぴん美人でも、結局あるのは化粧を前提とした服ばかりなの」

『……難しいな』

「どんな美人でも、すっぴんじゃオシャレは似合わない」


 はあ、何を言ってんだろ私。化粧前の顔を毎度見られて動揺してるのは認める。


『……死神に話を聞いてきた。こっちは暫定人間だからな、正直恐ろしかったんだが』

「説明と結果の違いを何と言ってた?」

『かなり濁された。結論から言うと、俺達死神は魂を刈る必要などそもそもなかった。いや、俺達は死神ですらなかった』

「……そう」

『驚かないんだな。俺は思わず声を出したくらいには驚いたんだが』

「昨日、ずっとそれを考えてたから」


 ああ、やっぱり。今まであまりにも不思議過ぎて見落としていたけど、それで全て説明がつく。

 死神は神じゃない。そして、人の魂を集めなくても目覚める事は出来る。


「神を騙る、つまり……悪魔、よね」

『ああ。俺の浅い信仰心が災いし、その正体を言い当てることは出来なかったが……」

「あー……気にしないで。私も浅いどころか神なんて本当はいないんでしょ? くらいに思ってた」

『仮に俺とジュリア、立場が逆でも同じだったかもな。とにかく、幾つかのヒントから、悪魔の一種ではないかと考えている』


 ヒント? 今まで相手が悪魔だと断定できるような事、あったっけ?

 雨の音が思考を遮る。ただでさえ集中力がないのに、雷鳴まで。


「……ごめん、場所を変えていい? 雷は駄目なの」

『どこに行くんだ』

「窓がない部屋! って言ってもバスルームしか選択肢はないわ」


 稲妻や光なんて見たら、多分私パニックを起こす。だから急いでバスルームに逃げ込んで、扉を閉めた。


「……あー、とりあえず落ち着くから、真の死神と言っていた奴の正体、どうして悪魔だと思ったの」

『まず気になったのは、奴が嘘をつけたという事。自らを騙り、俺達に嘘を信じさせた。その時点で神ではない』

「生と死の狭間にいるという未知の状況を使って、死神がいるのだと信じ込ませたのね。本当に自分が死神なのかどうか、疑うきっかけもないし」


 死神同士は基本的に互いの素性を知らない。もちろん、どこの病院で寝ていると明かす人もいたと思う。だけど、それを悪魔は思いとどまらせた。


『次に、あいつは死神は正体を明かしてはならない、明かせば目覚めるどころか地獄行きだと忠告した』

「それによって、死神は自らが何者かを伏せるようになった。だから目覚めた者がいたとしても、知りようがなかった、って事ね」


 しかも、目覚めたアレックスさんは、娘さんの口ぶりからして死神だった時の記憶がなさそうだった。みんなに真実を伝えられないんだわ。


『そして、これら2つを踏まえた上での判断だが、人を殺せば神から離れる事に等しい。そうさせるのは』

「悪魔、ってことね」


 悪魔……目覚めようと必死な者を弄び、無駄に命を刈り取らせる。更に目覚めを阻止させる。

 しかも一番大切な人を道連れにさせるという、もっとも残酷な事を選択させようとするなんて。


『興味深いのは、悪魔が刃向かう俺に対し、何もしなかったという事。おそらく、出来なかったんだ』

「出来なかった?」

『ああ。奴は何か理由があって、自ら手を下せないんだと思う』

「……あなた、ひょっとして元は小説家? 劇作家? よくそんな考えに至るわね。でも、その答え合わせは出来る」


 スマホを数回操作すれば、全てが分かる。


「エミーさんの両親に電話してみる。悪魔の正体はともかく、これでブラックもディヴィッドも目覚める事が出来ると確定する」

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