【Break the rules】Get busy living, or get busy dying.

Break the rules-01




 * * * * * * * * *





 ブラックと仲直りをしてから、5日が経った。私は気分転換のため、郊外の公園を訪れていた。


「……生者の世界は今日も平和ね」

『有難い事だ。生者の世界が荒れたなら、そいつらが死者の世界に押し寄せる。勘弁願いたいね』

「それじゃ、あなたは目を覚ませばいい。荒れた奴らを死者の世界に押し込んで解決」

『恰好は落ち着いたが、奇妙な物の考え方は相変わらずか』

「見た目に合わせようとする作戦。何か文句でも?」

『いや、努力は良い事だ、続けるときっと良い事があるさ』


 今までハイヒールやブーツにこだわっていた私の足元は、アイスブルーのスニーカー。ピンクはさすがにやり過ぎたと思って買い替えた。

 服は無地のチャコールのロングスカートに、白のブラウス。別に持っていなかったわけじゃないけど、着なかった。


 ディヴィッドに釣り合おうとして背伸びして、流行ばかり追っていた。同じ服を着るのは1シーズンだけ、去年の服なんて流行遅れって本気で思ってた。


 まあ、実際に流行だから着ていたものに愛着なんてない。流行に合わせる自分が良かったのであって、その服そのものが良かったわけじゃない。


 でも、なんだろう……ふと今年の流行りなんて、もう自分には必要ないと思えたの。

 そう思った途端、急に自分をもっとシンプルな存在にしたくなった。


 意地になって抱えていたものを捨て去って、必要に駆られて足を踏み出せば、案外馴染むものなんだなと気が付いた。

 ピンクの制服と三つ編みお下げだけは絶対にお断りだけど。



 あれからも救った死神が更なる死神を呼び、善意の連鎖は上手く繋がった。


 でも、その連鎖は長いとは言えない。悔いなく死ぬなんて意味がない事だ、と考える死神も多かったの。


 作戦自体はとても良かったと思う。一番大事な人の魂を刈る覚悟が出来ず、弱った他人の魂を追っていた死神にも出会えた。

 どうでもいい他人とはいえ、やっぱり残り3人、2人の魂を刈れなかったという死神を説得し、魂を解放してもらったりもした。


 だけど、ディヴィッドやブラックを救うという目的は達成できなかった。手放して貰った魂の中に、2人の魂がなかったの。


「さて、どうするかな……今日相談に来た死神は1人だけ。もう16時だし、そろそろ何とかしないと」

『そうだな、確かにもう俺に残された時間は1週間と少し。目を覚ますのはかなり厳しい状況だ。これだけ人助けをしていたなら、死後も報われると思う事にした』

「死神は神よね、人助けに数えていいの?」

『神助けなら、なおさらこっちが見返りを求めて当然だ』


 ブラックは全然悲観していない。ディヴィッドの病室にも毎日行けと言ってくれる。ディヴィッドの両親がいない事を確認してくれたり……。


「ブラック、あなたの後悔は? 恋人の傍にいなくていいの?」

『心配しなくても、ちゃんと傍にいる時間もある。君と共に行動する事でしか、俺の状況を好転させる方法がない』

「……まあ、そうだけど。私、まだあなたの相談に乗ってない」


 私はまだ、ローリを救ってくれた恩返しをしていない。私に死神の真実を教えてくれた事にも感謝しか述べていない。

 今のところ、ブラックは私と行動して良かったと思える要素がないはず。ただの暇つぶしにしても、無欲で善人過ぎる。


 夕方の公園では、子供達が今目の前にある全てだけを追って、全力で生きている。明日が来ない可能性なんて、全く考えてない。

 あと少しで空が染まり始める。彼らにとって、それは何でもない普通の日々の1回に過ぎない。


 でも、ブラックには10回訪れるかどうか。この瞬間だってかけがえのないもの。それをただ私と過ごすなんてもったいない。


「ブラック、あなたの望みを言って欲しい。私じゃ力になれない? あなたの恋人に連絡すれば、彼女に何かを伝える事も出来るでしょ。だから……」

『……彼女には前を向いて欲しい。だからこのまま接触をしたくないんだ』

「考え方は……それは、それぞれだけど。でも私があなたに何かするべきってのは変わらないでしょ。恩返し出来ないままお別れなんて嫌よ」


 私ばかり助けられて、ブラックを助けられないってのも嫌だ。

 ディヴィッドに何もしてあげられないのに、ブラックにまで何もできないなんて。これまで何人、何十人の死神に感謝されたけど、救いたい人だけ救えないなんて嫌なの。


『恩返しなら、もうして貰っているつもりだ。孤独に50日を過ごすのはあまりにもつらい』

「……強がってる? 本心ならそれでいいけど、何かあったら遠慮なく言って」

『分かった』

「ひゃっ、ひゃーん」

「どうしたの? もう帰る?」


 私の膝の上で寝ていたプスは、1週間前には野良だったなんて嘘みたいにくつろぎ、伸びをしながら短く鳴いた。

 お腹を見せて撫でろと要求して、グルルと喉を鳴らす。


 私は立ち上がり、プスをトートバッグの中に入らせた。キャメル色のなんてことない綿のバッグだけど、プスはこれがお気に入りなの。

 柔らかいタオルを2つ重ねてあげると、私が歩いているのにすやすや寝ている事もある。


「帰ろうかな。ブラック、あなたはどうする?」

『そうだな……俺は』

「キャッ!?」


 ブラックと小声で会話をしていたから油断した。バッグの中でふいにスマホが鳴り、プスが大暴れして私の肩に飛び乗った。


「ごめんごめん! 誰からだろ」


 自慢にならないけど、私は電話を掛け合う仲の友達が少ない。ローリや他に数人。メッセージはともかく、1日中電話が掛かってこない事だってある。


 ディヴィッドとはあんなに毎日電話したがってたのに。


「誰? 登録してない番号……もしもし?」

 ≪……あ、あの、ジュリア・カイトさんの番号で合っていますか≫

「ええ、そうですけど」


 相手は若そうな女性だった。口ぶりからして、私と親しいどころか面識もなさそう。


 ≪あ、あの! お礼が遅れてごめんなさい! 私、アレックスの娘です、レベッカです≫

「えっと……」

 ≪ジェイン総合病院の522号室、点滴の袋の事、教えてくれた≫

「ああ、ああごめんなさい、とっさに思い出せなくて」


 相手は1週間程前に願いを叶えた死神の娘さんだった。1人目にして、病院の不正と神父の不貞、2つも望みを言ってきたからよく覚えてる。


 ≪あの時、本当に点滴の中身が薬じゃないと分かったんです。していない手術のお金まで払わせられそうでした≫

「払う前に確認してくれてよかった。彼もきっと安心したでしょうね」

 ≪そうなんです。父が退院の日は、病院の職員が総出で……≫

「ちょっと、ちょっと待って!」


 え? 今、何て言った?


 ≪何か≫

「退院? 失礼、アレックスさんは」

 ≪父は自宅に戻っています。あなたからの通報の事を伝えたら、是非とも感謝を伝えたいと≫


 えっと、不謹慎なのは分かってるけど……あれ? 死んでない?

 どういう事? 死神になって50日が過ぎて、条件を満たせずに目覚められなかったんじゃないの?


「アレックスさんは……その」

 ≪父から連絡をするかと思ったんですけど、ジュリアさんの名前を出してもピンと来ていないようで……≫

「え、ああ、ううん、いいの。私は退院できた事を教えて貰えて、それだけで十分。ええ、ええ。そうね、うん。それじゃ……お父さんを大事にしてね」


 えっと……何度も言うけど、どういう事?


『どうした』

「一番最初に助けた死神さん……目覚めたって」

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