Operations-11



 * * * * * * * * *




「おねえちゃん、またね! またお母さんのお見舞い、来てね!」

「ええ! 元気にしていて、必ずよ」


 エドワードは実の両親に叱られ、叩かれ、ボロボロになってようやく不倫を認めた。

 ルーカスはエミーさんの母親に連れられてひとまず家に。

 残った老人3人は、エドワードを引きずってこれから相手の女の家に乗り込むのだそう。


『……もうエドワードに愛はない。でも、義両親はルーカスのために泣いてくれた。私のために怒ってくれた。それだけが救いだわ』

「そうね、あれは親の育て方じゃなくて、エドワードの育ち方が悪かった感じかも」

『エドワードと離婚したら、ルーカスが望まない限り絶対にエドワードには会わせない。だけど、義両親とルーカスは仲良くいて欲しいわ』


 エミーさんと出会ってから、ここまでたったの数時間。それなのにドッと疲れちゃった。

 だけど、エミーさんとルーカスを救う事は出来た。それだけで疲れても良かったと思える。


 ……ってのは優等生ぶった感想。本当は、不倫するような最低のクズ野郎を懲らしめることが出来て、心が晴々してる。ざまあみろよ。


「さあ、エミーさん。あなたも行って。最期までルーカスと一緒になんて言わない。もしかしたらあなたの魂を刈った奴が魂を手放すかも。あなたの人生、あなたの悔いがないように生きて」

『フフッ、死神に生きてだなんて。やっぱり、あなたはいい人ね。そして面白い人。ルーカスが寝付いたら、起きるまでの時間をあなたのために使うわ』

「私のため? どういう事?」

『忘れたの? これは交換条件よ。あなたの活躍を死神達に知らしめて、他人の魂を解放させる。そうでしょ』


 ああ、そうだった。私はいい事がしたくて手を貸したんじゃなかったんだわ。あまりの達成感に、正直……本来の目的を見失う所だった。


「有難う。それと……ルーカスに言われたけど、お見舞いは遠慮しておく。他の死神のお願いも聞かないといけないし、私多分……あなたを見て泣いちゃうから」

『ええ、それでいいわ。あなたとは生きている時にお友達になりたかった』


 そう言うと、エミーさんは夕焼けの空へと舞い上がり、アイススケートのジャンプのようにくるりとまわってからルーカスの後を追いかけた。

 ルーカスは、きっと見えないエミーさんに話しかけてしばらく時を過ごすんだわ。


「……悔いがなくなっても、現実は変えられないのね」


 野次馬はもういない。

 ホッとしたら、今更ながら大人の男に怒鳴られたことへの恐怖が込み上げてきた。


「帰ろっか、プス」

「ひゃーん」

「沈黙は肯定って言ったでしょ。帰りたくないなら散歩する」

「……」

「そう。じゃあ散歩してから帰りましょ」


 日中は死神と話をして、今度は猫と会話だなんて。我ながらおかしな女になったものだわ。霊能力者なんて全員インチキだと思ってたのに。

 あ、でも死神は霊じゃなかった。


 ……霊能力ならまだ嘘つきで済むけど、神と会話が出来るなんて言ったら、それこそ入院を勧められそう。うん、私の方が明らかにインチキ臭い。


 エミーさんが私の存在を広めてくれたら、ディヴィッドにも会えるのかな。

 何だろう、不幸せの中に幸せを見つけたエミーさん達を見ていたら、無性にディヴィッドに会いたくなっちゃった。


 今の私の事、あなたにはどう映るのかな。

 1日早く指輪を渡しておけばよかった……なんて思ってくれたりするのかな。


「ディヴィッド、私、あなたの声が聞きたい」





 * * * * * * * * *





「はい! ちょっと、ほら余命順に並んで!」

『もう、後から来て余命が短いだなんてズルいわ! 次はあたしの番だったのに』

「大丈夫よ、私の友達が手伝ってくれてる。ワンちゃんは実家に連れて行った」


 エミーさんと別れて2日後。多分、今日あたりエミーさんは死神じゃなくなる。

 だけど、私はお別れを言うつもりなんてない。

 後悔がないとは言えないだろうけど、エミーさんは人として正しい終わりを迎えた。その意思はご両親やルーカスがちゃんと継いでる。


 私も少しは……その、継いでもいいと言うのなら継いでいいかな、って。


 それより。エミーさんのお陰で、私の死神相手の人生相談は大盛況。もう私だけじゃ手に負えないから、ローリとエリックにも少し手伝って貰ってる。

 電話を掛けるとか、何かを持って行くとか。


 猫の手も借りたいって言うけれど……最近は死神に慣れてしまって、借りてもまず役に立たない。うちのプスには貸し借りの才能がないみたい。


「ちょっと5分休憩をいいかしら」

『頼りきり申し訳ないとは思ってる。でももう十分待ってるわ』

「あのね、生憎、私は生身の体なの。漏らせって? そんなことしたら社会的に死んじゃう」

『死神になるよりまだマシじゃない』

「社会的に死んでも死神になれるのよ。私、本来の性格は黒魔術で全員死なば諸共くらいには捻じ曲がってるわ」

『……ごめんなさい。トイレはあっちよね』

「私の家の間取りを熟知してくれて嬉しいわ、有難う」


 相談室はあの廃墟ではなく、私の部屋に移った。移動の手間が惜しいのと、そもそもあの場所である必要がないから。

 プライベートが制限されるけど、シャワーとトイレの覗きをすれば、絶対に頼みは聞いてあげないと言ったからか、誰も覗かない。


 覗く価値がある前提で言わないでって? 悪かったわね、価値の有無と罪は無関係よ。


 そして、私達の活動に賛同してくれる死神も増えた。生き返るのを諦めたというより、人殺しになりたくないからと、刈った魂を解放してくれた人もいた。


 私達の活動は、本来の目的に沿ったものになろうとしている。


「はい、戻りました。トイレでしか落ち着けない1人暮らしって、どういう事よ」

『それより、妻の浮気相手になんとか復讐したいんだ、あと何人待ちなんだ?』

「ちょっと、ちょっと待って! 未婚の私に一体何組の不倫案件担当させるつもり? 少しくらい微笑ましいは家庭ないの? これじゃ結婚に希望が持てないわ」

『死神に希望や微笑ましさや期待するのか』


 ふと聞き覚えのある声がした。

 振り返った所にいたのは、死神。いや、振り返らなくても、周りにいるのは全員死神なんだけど。


「あらどうも、死神さん」

『悪い、数分で終わる。緊急なんだ』

『もう、早くしてちょうだい! うちの子が霊感商法に引っ掛かってるのよ?』


 私の目の前に現れたのは、ディヴィッドの次に気がかりだった死神。


『同盟を組んだ女性と、仲直りがしたいんだが。俺の順番はまだだろうか』

「……フフッ、そうね。この調子だとお昼過ぎくらいかしら。生憎うちの助手になった猫が気まぐれで、代わりを探していたとこ」

『それはつまり』

「酷い事を言って、ごめんなさい。私は頑張る事に決めたの」

『こちらも、試すような言動を反省している。すまなかった、ジュリア』


 酷い事を言ったのに、私に謝るチャンスをくれるなんて。

 優しい死神だなんて、世の神職者に知られたら世界がひっくり返るかも。


「早速だけど、夕方からあなたの力を借りたいの」

『分かった。夕方にまた来る』

「ブラック」

『なんだ』

「……有難う。心配してた。みんな! 順番抜かしで申し訳ないけど、ブラックとの仲直りを割り込ませていいかしら!」

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