Operations-05



 私とローリは、ディヴィッド蘇生作戦を立て始めた。

 必須なのは、ディヴィッドと私の魂を刈った奴から、魂を取り戻す事。そこがゴール。

 そして期間。それはたぶん2~3週間で決着をつけないといけない。


 ただ探してもそいつに遭遇できる可能性は限りなくゼロに近いかな。持っている魂を見せて貰ったとして、誰のものかなんて分からない。


「あんたは死神と話が出来る。それをどう生かすか」

「……そうね、私が死神と会話できると、死神界隈に知らせるところからね。そいつと接触するには、向こうから来てもらうしかない」


 昨日は挫折した。正直、諦めた。

 ブラックが生き返ろうとしていないと分かり、私はブラックに頼るのを止めようと思った。彼が最後に言おうとした頼みが何なのか、よく聞かなかった。


 ……私、ローリを助けてくれた恩返し、まだしてなかった。


「私行ってくる。傍から見たら何してんの? って感じだろうけど、私に出来る事はこれだけ。おかしな奴だと思われても、ディヴィッドが目を覚ますなら安いものだし」

「目を覚まさない原因が分かっている以上、やるべき事はその原因を解消する事。ここでメソメソしてスッキリする事じゃない」

「うん。ローリ、あなたと子供に影響がなくて良かった。ディヴィッドだけじゃなくて、ブラックの事も助けられないか考えてみる」


 私はローリに別れを告げ、昨日行った廃ビルへと向かった。





 * * * * * * * * *





 昨日は夕方で陽が落ちたせいだと思っていたけど、路地は昼間でも薄暗かった。きっと真上に太陽が来ていないと、地面に光が当たらないんだわ。あはは、まるで私の心みたい。


 ……笑えないっての。


 雑踏はそう遠くないのに、町中にこんな通りがあるなんて。日当たりを覗けば立地は悪くない。路地と言っても大型のトラックが通れる幅員はある。


 建物が売られるか貸し出されるかすれば、ここにも新しい事務所や店が入りそうなのに。あっ、そうすると死神の行き場がなくなるか。


「あっ」


 路地の先に死神がいた。3,4人で何かを触っている? 死神達はこちらに気が付くと、立ち上がって顔を向けた。真っ黒でその表情は分からないけれど、何しに来たんだって感じよね。


「こんにちは、昨日はごめんなさい。感情のまま酷い事を言ってしまって申し訳ない気持ちで……」

『こんにちは。いいの、気持ちは分かるし。もう来ることはないと思っていたけれど、何か御用?』

「あ、その……図々しいんですけど、皆さんにお願いがあってやって来ました。もちろん、その代わりに出来る事であればさせていただきます」


 死神達の後ろから、1匹の黒猫が現れた。猫は死神の事が見えているのか、わざわざ死神を避けて私の足にすり寄って来る。


『お願い? わたし達に出来るような事なんて、何もないと思う。誰の目にも見えないし、触れないし』

『ただ猫はね、オレ達の事が見えているんだ。生憎オレ達は撫でてやれないし、食べ物も手に入れられない。目の前にいても何もできない』

「じゃあ、私が代わりに撫でます。猫ちゃん、あなた野良? 私のアパートに来る?」

「ヒャッ、……ヒャッ」

「あんた、鳴くのが下手くそね」


 口をカパッと開けても、声になって出るのは一瞬だけ。

 どうしてかな、猫って痩せてても太ってても可愛い。掠れた声でも食い意地が張っていても、餌を散らかしても、嫌な事は頑なに拒んでも、仕方がないね、可愛いねで済んでしまう。人間だとそうはいかない。


 痩せろ、動け、食うな、うるさい、片付けろ、つべこべ言わずにやれ、就職先はどこだ、結婚はまだか。

 ほーんと、嫌になるよね。


「ヒャッ、ひゃーん」

「あーん、可愛い! 猫を羨ましいって思うのは、私にないものを持ってるからね。今の私、お世辞にも可愛いとは言えないし」


 でも猫が傍にいると、私が守らなきゃ、優しく接しなきゃって思える。寂しさを紛らわせるために利用するのではなくて、私を変えてくれる気がする。

 守るものがあるから気持ちに張りが出る。強くなれる。捨て身になれないからね。

 付いてきてくれるなら、一緒に暮らすのもいいかな。


 持っていたタオルで体を拭いてやり、私は死神達にすぐ戻って来ると言って、いったんその場を立ち去った。


 ノミやダニがいたり、何か病気を持っているかもしれない。でも、動物病院に行くのはとりあえず後。死神達には時間がないから、あまり待たせていられない。

 付近の小さなスーパーで餌と最低限の用品を購入しただけで、廃ビルへと引き返す。


 首輪と散歩紐を付けられてもおとなしいから、元は飼い猫だったのかもね。手足の先が白くて、まるで靴下を履いているみたい。抱き上げた時に胸と足の境目、脇の辺りに白く線が入ってる事にも気が付いた。


「猫、あなたに名前を付けないとね」

「……ひゃーん」

「ブラックじゃ被っちゃうか。1匹くらい私に忠実な存在があってもいいから、パトラッシュとか」


 頭を撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らす。目は片方が黄色、片方が茶色。何歳かは分からない。この子も寂しかったのかな。

 うーん、ブラックに死神呼びだった私が言うのも変だけど、さすがに猫って呼ぶのもね。


「よし! 名前はプスにしましょ、長靴をはいた猫が主人公の映画があるの。ああ、大丈夫、見た目から取ったわけじゃないわ。あなたのその白いあんよは靴下模様。あっちは長靴を物理的に穿いているの。プス」

「……」

「パトラッシュ?」

「……」

「沈黙は肯定よ、欲張りねあなた。じゃああなたの名前はプス・パトラッシュ」


 よし、戻ろう。猫と戯れてる時間はないんだった。首輪とハーネスを付けられたプスは、100mくらい歩いて止まった。抱き上げて連れて行くしかない。

 スマホの明かりを頼りに廃墟の2階へ。死神達は猫に首輪をつけて戻って来た私を見て、クスクスと笑っていた。


『あら、その猫ちゃんを飼うの?』

「はい。1人だと色々考えてしまって。あー、厳密には1人と1匹だけど。それで、皆さんにお願いがあるんです」


 私は死神に対して考えている事を一通り打ち明けた。死神からこっちに寄ってくれる良案を探している事、恋人の死期までもうあまり時間がない事。


 魂を刈った死神が、とりあえずその場で魂を手放してくれたら、もしかしたらその中にディヴィッドやブラックのものもあるかもしれない事。


 死神は全員同じローブで、体格の差が多少分かるくらい。誰が誰だか判別は無理。ブラックはこの場にいないとの事だった。

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