Operations-04



 * * * * * * * * *





 自室に戻った後、食事を準備する気力はなかった。よく考えると私はまだ退院から1週間も経っていない。体調も万全じゃなかったのをすっかり忘れていた。


 気力だけで走り回り、体は限界。幸い、コンビニ飯で済ませるのかと文句を言ってくる相手もいない。今日はもう買ってきたアイスティーとサラダでいい。


 なんだか久しぶりに1人になった気がする。死神をカウントしないなら本当はずっと1人だったわけだけど。


 意地と絶望で帰って来てふと思った。

 結局私はこの2,3日で何がしたかったんだろう。勝手に決意して、挫折して。

 どっちに転んだって私に罰は下らない。責任なんて最初からなかったのに。


 ディヴィッドを助ける方法はない。だってディヴィッドの魂を刈った死神は、恐らくディヴィッドの魂を持ってる自覚もないんだから。


「……お風呂入ろう。そして、明日色々考えよう」


 考えたところで何が変わるとも思えない。ディヴィッドやブラック達のために何が出来るとも思えない。


 ただ話し相手になってやれって? それこそ何のために?

 幽霊に等しい存在を救って、私に何の得があるの?


 そんな事をしたって、あなたは良い事をしているんだ! と認めてくれる人は現れない。私の行いは、きっと誰に分かってもらう事も出来ない。

 少なくとも生きてる人には。つまり世間的に私は何もしていないのと一緒。

 そんな事より私は就職してお金を稼ぐ方が先。

 

 そもそも私は末期医療のホスピスで働く職員さんのように、献身的で患者さんのために元気で明るく振舞えるような人間じゃない。

 絶対に哀れみや悲しみが顔に出るし、話上手でも聞き上手でもない。


 喜んでもらおうと自発的にあれこれしようとも思ってない。義務感丸出しになって相手が遠慮したくなるのは目に見えてる。


 患者さんだって私のような奴から「相手は可哀想な人なんだ、だから優しくしないといけない」なんて思われたくないよ。


「知らない方が良かったのかな。短期間で2度も死にそうになった私に、1つくらい生きたいと思えるご褒美があってもいいじゃない」


 そりゃあローリを救ってくれた事、それがご褒美だとしたら十分過ぎると思う。じゃあ、救ってくれたブラックは?


 彼の功績は誰が認め、誰がご褒美をくれるの?






 * * * * * * * * *





「我ながら姑息ね。念のためエリックから電話してもらって、ディヴィッドの親が家にいる事を確認してもらってからお見舞いだなんて」


 翌日は午前中にローリのお見舞いに行き、そこからディヴィッドの病室にも顔を出した。

 ちょうど会社を休んでお見舞いに来ていたエリックに相談し、ディヴィッドの実家に電話をしてもらったの。


 他愛もない会話をしてもらい、ディヴィッドの両親が在宅である事を確認。つまり、彼の実家から車で片道2時間の病院まで、最低でもあと2時間は来られないって事。


「次に来るのは全て解決した後って言ったのにね。意志が弱いのも相変わらず、決意をすぐに翻すのも相変わらず。あなたの容態も相変わらず」


 少し腫れた顔でも、見ているだけで安心する。死ぬかもしれない状態だなんて、信じられない。


「自力でなんとかならない? 死神になってるんでしょ? 誰かを刈って欲しいなんて全然思ってないけど、生き返っては欲しいの」


 聞こえているはずないよね。私は……どうしたらいいんだろう。善い行いそのものをしたいんじゃなくて、ディヴィッドを助けたいから善い行いをするの。

 どうしたら……。


「ジュリア」

「……ローリ、大丈夫なの?」

「胃と腸は問題なし。妊娠に問題があった訳じゃないし、動くのは平気。明日には退院出来るんだから」

「うん……」


 暫くするとローリもお見舞いに来てくれた。正直、私1人じゃどう向き合っていいか分からなかったから、助かった。


「ディヴィッドのためにやるべき事って、ここでうじうじ悩む事?」

「ううん、違う。でも傍にいないと落ち着かなくて」

「それはあんたのため。ディヴィッドのためじゃない」

「……でも、どうしていいか分からないの。これだと思ってた作戦は駄目だった」


 そう、今私は私のためにここにいる。ディヴィッドを助けるためにはなってない。それは分かってる。


 どうしたらディヴィッドの魂を持つ死神を見つけられる? 私じゃ考えつかない。死神のブラックでさえ、生き返る事を諦めてる。


 今を必死に生きている人、生きたい人、生きようとしている人を代償にするしかないの? そんなの、ディヴィッドが望むはずないじゃない。


「でもでも、だってだって。あんたそれが人を救おうだなんて大きな事言った人間の台詞? いい? よく聞きな」


 ローリが真剣な顔で私を見つめる。どうしてだろう、入院しているはずのローリの方が、私よりよほど頼りになる。

 ローリだったら、ディヴィッドを救えるのかな。


「弱ってる人を救えるのは、強い人だけ。強くなきゃ人は救えない。あんたがあたしを助けてくれた時、あんたの心はすごく強かった」

「……私じゃない、ブラックがやってくれただけだから」

「あたしは心の話をしてるの。あんたのその握力なさそうな細い腕の話じゃない」


 ああ、そうか。ローリはいつも心が強いんだ。だから健康な私よりも頼りになるんだ。何か解決策を持っているわけじゃないのに、前に進めるんだ。


「あんたが今出来る事を挙げてみて。解決に有効かどうかは関係なく、出来る事は何? あのワークスでの勤務を無駄な1年で片付けるつもり?」

「えっ」

「まずはお子さんが興味を持っているお仕事から始めましょう。どんな事に興味をお持ちですか? 将来に役立つかどうかや、させたい事はとりあえず後で考えませんか」

「……そうね。どの体験にするべきか悩んでるお客さんには、そう言って考えて貰ってた」


 何ができるか。それも分からずに最初から何が有効かを考えても仕方がない。有効なのに出来ない事を思いついても仕方がないから。


 職業体験もそう。やりたくないのに映画監督をさせられる子、教師をさせられる子、彼らにとって、仕事はきっと楽しくないものになる。

 本当はあれがしたい、これがしたいという思いは、爆発するまで表に出せない。


 興味があるものの中から選ぶ、そうやって伸びていった子に追いつけず、好きな事すら楽しくなくなる。


 やりたくない事をやるのは、生きていく中で必要なこと。そのやりたくない事をやらずに生きていけるのは、やりたくない事が消滅したわけじゃない。誰かがやってくれているから。


 すべての職業に敬意を持ち、子供の興味を伸ばせ、やりたい事を考えさせる勇気を持ちましょう。親にそう案内していたんだ。


 私は今、何が出来る?


「……死神達と話が出来る。彼らのやりたい事を……訊き出せるし、叶えられるかもしれない」

「うん。それで?」

「有効かどうか、それが分からない」

「そう、分かった。出来る事を、どうやって有効なものにしていくか。あたしも考えてあげる」

「ありがとう」

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