Operations-06



『死神が寄って来る方法……か。死神を遠ざけるどころか、来てくれと言う人がいるとはね』

「私もまさかそんな事を言う羽目になるとは思ってなかった。でも他に手段が思い浮かばないの。神頼みも効果がないし……そうそう、この先の角の教会! 神父が妻子持ちの男と不倫しているせいで、神聖さを失ってるの! 酷いと思わない?」

『あー、知ってるぜ。俺らは相手の顔までバッチリ見たからな。死神でも神に祈ればなんとか救って貰えるかと思って向かったのに、パイプオルガンの鍵盤蓋の上で堂々とやってやがった』

「うっそ、やだ! ……神が神頼みに失望するなんて、とてもじゃないけど世間に言えないわ。暴動が起きる」


 話をしてみればみんなごく普通の人達。そっか、みんな死神である事を放棄していて、心は人なんだもんね。

 この人達が数か月も絶たずに全員消えちゃうなんて。心はまだ生きているのに。


『まあ、助かりたい一心で何でもしていた時期はあったな。人の魂を刈る事だけは出来なかったが』

『俺は1度刈った。でも怖くなってすぐに戻した。そうしたらそいつ、目を開いたんだ。自分は救われないけど、それで良かったと思うよ』

『救われたいとは思うけど、他人を犠牲にしたくはない。だから諦めているというか、わたし達もどうしていいか分からないってのが本音』


 そっか……救われる方法が「人の魂を刈る」以外にもあれば、それに縋りたい死神は多いのかも。


『あー、私はせめて、孫にお別れを言えたらなって』

『あんた、自分の子はいいのか』

『枕元で遺産の勘定やってる息子なんて、死んでもお断りよ』

「この状況で死んでもって、笑えない冗談やめてくれない?」


 年齢もバラバラなのね。みんな救われる方法がなくても、やり残した事がある?

 そうだ。せめてそれだけやっておきたいって事があるなら、私が力になれるかも!


「……救えるかは分からない。だけど、せめてこれだけはやっておきたいって事、何かある? 私が行動できる範囲なら、私が代わりにやってもいいし、考えを代わりに伝えてもいい」

『……ほんと?』

「ええ、私に頼めば心残りが1つ消える。そんな噂があなた達から広まれば、死神達は私に興味を持つわ」

『成程。あなたの願いは、わたし達があなたの存在を他の死神に伝える事』

「そうです! 誰が誰の魂を持っているか分からないのなら、とにかく今持っている魂を手放してもらいたいの」


 死神達にデメリットはない。利害は一致した。早速出来る事から始めなくちゃ。

 ブラックがいない分、プスを助手にするしかないんだけど、役に立ってくれるかしら。うーん、ふわふわで可愛いいってことくらいしか。


「えっと、まずやり残した事がこの近所にあるか、もう残り時間が短い人!」


 私に寄ってきたのは7人。そのうちの1人は、明後日が期限だった。


「時間がない、やりましょう。あなたの心残りは何? 奥さんへの感謝? 子供への激励?」

『2つあるんだが、いいかね』

「ええ、簡単であれば」


 声の感じからすると、年配なのかな。死神は名前なんかを自ら教えてはいけないらしいから、尋ねる事はしないけど。

 歳を重ねると不安や心残りも多くなるよね。あとは私で解決出来る事かどうか……。


『1つ目なんだが、ジェイン総合病院に行って欲しい。522号室の個室に毎晩娘が来てくれている。娘に治療費が誤魔化されていると伝えて欲しい』

「え、ちょっとちょっと、いきなり問題が大きいんだけど」

『俺は死神に命を狙われたのであって、脳卒中ではない。医者は原因不明だからか投薬治療と言っているが、実際に点滴されているのはブドウ糖だけ』


 ジェイン総合病院はトラムで2駅程度。夜になるんだったら、その間別の事ができるわ。病院に寄るならプスは家に置いてきた方がいいかな。


「もう1つの心残りは何? そっちもすぐに出来そうなら今すぐ動きます」

『ああ、そっちも自分が言えるなら、言いたいところなんだがね』


 そう言うと、死神は鎌を握る手に力を込めた。誰かへの恨み? まさか私が代わりに罰を与えるって事?


「あまり物騒なお願いは……」

『あの神父と相手の不倫を告発してくれ。俺は毎週欠かさず日曜のミサに出席していたんだ。到底許せるものじゃない』





 * * * * * * * * *





『……はい?』

「あー、初めまして、私、ジュリア・カイトという者です」

『……何か』

「あの……すみません。突然こんなお話をして驚かせてしまうのは分かっているんですけど、どうか聞いて下さい。お父様の事で、とても重大な話が」

『父を、ご存じなんですか』


 除霊……いや、違う。供養? なんていうのかしら、とにかく死神救済作戦の1件目。病院で突然話をするより、電話をした方がいいかなと思って、さっそく死神の娘さんに電話を掛けた。


 数コールで出てくれたけれど、その声は明らかに私を不審に思っている。娘さんの声はまだ若い。多分、私と同じくらいかな。


 勘違いして欲しくないんだけど……別に、自分を若いと言いたいわけじゃないから。


「お父様は、ジェイン総合病院の522号室に入院されているはず。今夜お見舞いに行くのなら、必ず点滴の袋を確認して。その袋は……」

『あなた、何? 何が目的でこんな電話を?』

「あー……そうよね、気持ちは分かる。でもごめんなさい、言えないの」


 あなたのお父様は死神になっていて、私の隣にいるの、なんて言ったら頭がおかしな女でしかない。上手く説明できないなら、言わない方がマシ。


『あなた、カイトさん。失礼ですけど……』

「お願い、訳を聞かずに点滴を確認して。そして、医療内容の説明と照らし合わせて。あなたのお父様、薬の投与なんてしてもらっていないの、脳卒中じゃない」

『……あなた、看護師? 内部告発か何かのつもり? 悪いけどそんな正義ごっこに付き合うほど』

「お願い! 毎日病室に行っているのは知ってるの! 点滴を確認して! できれば休日は点滴の袋が取り換えられる度に様子を見て! 騙されて高額な医療費を払っちゃ駄目!」


 上手く言うなんて無理だった。私は最後に「お願い」とだけ言って電話を切った。きっと娘さんは困惑しているでしょうね。でも、点滴を気にするきっかけには出来たはずよ。


「……どうかしら。ごめんなさい、上手く伝えられたかどうか」

『十分だよ、有難う。俺が死んだ後、不当な請求で遺した家族が苦しむのは避けたいんだ』

「お役に立てたのなら何より。さあ、次ね」


 教会の乱れた風紀を告発、か。私、この中の誰より信心深くない自信があるんだけど。

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