Operations-07
* * * * * * * * *
「はい、次の人は?」
「息子に、隠している金庫を渡したいの。不倫している旦那には絶対に知られたくない」
最初の死神を救った後、更に数日が経った日の午後。私は今日まで9人の死神の願いを聞き、病院から郊外まで、とにかく動き回った。
本名を知ってしまった死神もいたけど、それで死神が消える事はなかった。
願いを叶えた後、時間切れでいなくなった死神も。
死神になって自由に行動できるようになると、知らなければ良かったと思う事も知る羽目になる。他人の家でも出入りは自由だし、気付かれることもない。
だから気になっていた人の裏の顔や家族の秘密、それらを見てしまう。
例えば愛する夫が他の女の家に入っていく瞬間、ソファーで抱き合う瞬間。ひた隠しにしていた幼児性愛、死の淵にいる自分への陰口。
目の前にいる死神の女性も、夫の知りたくない一面を知ってしまった1人。
彼女はなんとか夫や息子に自分の存在を知らせようと、数日間ずっと家族に付き纏った。
その結果、夫が彼女の死を楽しみにしている事、夫に愛人がいる事、それらを知ってしまったらしい。
同時に、反抗期でいつも不愛想だった息子が毎日病室を訪れ、彼女の回復を願って涙を流している事も知った。
彼女の息子は、返事のない母に毎日思い出と感謝を語り掛けてるの。
「住所を教えて、向かわなくちゃ」
『もう私の残り時間はあと2日。お願い、急いで』
「うん、分かってる」
交通費だけで幾ら使ったんだろう。この出費は誰にも請求できない。無職の私が就職活動もせずに町中を歩き、幽霊なんて信じていなかったのに霊能力者ぶってる。
私の知人に見つかったら、事故とリストラでとうとう気がふれたって思われるでしょうね。
何やってんだ私。ディヴィッドが目覚めたら真っ先に文句言ってやるんだから。
都会から少し離れ、トラムは坂を上り始める。こんな疲れるところに絶対住みたくないと思ったけれど、ふと坂の下へ視線を向けた時、真っ青な海と空が見えた。
ああ、駄目ね。私には違う視点で物を見る力が足りてないってよく分かる。この風景を手に入れられると知った私は、トラム1駅くらいは我慢できるかもと考えを改めた。
『あの赤い屋根のアパートよ。白い扉から入って。もう息子が帰ってる時間だから』
「分かったわ」
プスはとても利口で、私の腕の中から逃げたりしない。呼びかけたり餌をちらつかせたりしなければ鳴きもしない。
飼い主に似るって、あれウソね。うちの子の素直さと賢さ、私にあるとは思えない。
『息子は家の中にいる。洗濯物を畳んでる』
アパートに入り、2階の廊下で呼び鈴を鳴らすと、暫くして栗毛の少年が顔を出した。想像していたより随分と幼い。まだ10歳か11歳くらいかな。
私よりも肌が白くて、ちょっと痩せてるけど将来が楽しみな綺麗な顔をしてる。
この歳でお母さんを失うなんて……そう思うと、私は言いたい言葉が上手く喉から出てくれなかった。
「……何か御用ですか」
「あ、あっ、あの……私、あなたのお母さんの友人で」
「……友人?」
『料理教室で一緒だと言って。エミーが来ないから心配で訪ねに来たって』
「料理教室が一緒なの。私、エミーさんがずっと来ないからなぜだろうと思って」
母の趣味と名前が出たからか、少年の警戒心が解けた気がした。
『来月には息子の誕生日に犬を飼うって話も聞いていたし、って。この子もうすぐ11歳になるの』
「エミーさん、来月はあなたの11歳の誕生日だから、犬をプレゼントするつもりだったって……」
「ほんと!?」
少年が驚き、少し嬉しそうな顔をした。でもすぐに悲しそうな顔に戻る。エミーさんはきっと、抱きしめてあげられないもどかしさを感じているでしょうね。
「お母さん……ずっと、犬は駄目だって」
「そう? 私はあなたが絶対喜ぶからって聞いたけど。その……」
「入って」
少年は扉を大きく開け、私を中に通してくれた。腕に猫を抱えていると知って恐る恐る手を伸ばしてきたけど、プスは眠いのか撫でられても気にしてないみたい。
「猫、なんて名前?」
「プスよ。プス・パトラッシュ」
「へんな名前」
「この子がこれがいいって決めたの。私はジュリアよ、宜しくね」
「……オレ、ルーカス」
「うん、エミーさんから聞いてる」
ルーカスは私を居間に通してくれて、お客さんだからと飲み物も用意してくれた。
まあそれがグラスになみなみと注がれた牛乳だとしても、10歳の男の子の気遣いだから気にしないわ。
ただ、お茶菓子に食べかけのチップスをくれるのはちょっと。
「……お母さん、入院してるんだ」
「入院……え、どこに?」
「丘の上の聖マリア病院。もう少ししたらお見舞いに行く」
「そう……あの、私も行っていいかな」
「いいけど、猫は連れていけないよ」
ああ、そうだった! 病院に動物なんて無理だよね。どうしよう……いったん家に連れて帰る時間は勿体ないし、かといってハーネスをどこかに結んで外で待たせるってのも。
「来なくても大丈夫だよ。お母さん、ずっと目を覚まさないんだ。だから目が覚めたらオレがジュリアさんが来たって伝えとく」
「……そうなのね。じゃあ、お願いしようかな」
「オレ、そろそろ行かなきゃ」
ルーカスがソファーから立ち上がった。ダメだ、このまま行かせたらエミーさんの願いが叶わない。
「あ、あの、ルーカス君! あー……変な女だと思ってもいい、あなたのお母さんの事、どうしても伝えないといけないの」
「お母さんの?」
「ええ。……その、私、夢であなたのお母さんに言われたことがあるの」
ああ、そんな変質者を見るような目はやめて。分かってるの、私が一番よく分かってるの。今まで死神の頼みで出会った人達も、みんな同じ目をしたもの。
『あなたが毎日病室を訪ねてくれてる事を知ってる』
「ルーカス君が毎日病室を訪ねてくれてる事、お母さん知ってるんですって」
「……えっ?」
『いつも感謝とごめんなさいと、一緒に料理を作ったり旅行に行った思い出や、サッカーチームのレギュラーメンバーになったお祝いの日の思い出の話も』
「いつもお母さんに有難うとごめんなさいを言ってるよね。楽しかった思い出をお母さんに聞かせてるんでしょ? サッカーチームのレギュラーになった時の話とか」
ルーカスは目を大きく見開いて驚いていた。そうよね、自分だけしか知らないはずなのに、私が思い出話の内容まで知ってるんだから。
「もしかして病室で、聞いてた?」
「いいえ。私はあなたのお母さんから直接聞いた。試しに絶対にあなたとお母さんしか知らない事、質問して。私にはその答えが分かる」
ルーカスは不審そうな目をしているけど、好奇心には勝てなかった。しばらく考え込んだ後、ルーカスは私に1つ質問をした。
「お母さんが事故にあった日の朝、テーブルに置いてたメモに何て書いてあった? そのメモを見たのはオレとお母さんだけ。お母さん、いつも平日の朝は掃除のお仕事でいないんだ。お父さんはその日出張だった」
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