Operations-09
* * * * * * * * *
≪それ、本当なの?≫
「こんな時に家に戻りもしない、子供に寄り添いもしない、病院に見舞いにもいかない。仕事が忙しいからと子供を1人放置しているのは事実です」
≪……確かに、病院では入院初期に1度会ったきりだわ。あの子、家を訪ねても1人だし、聞いてもエドワードさんは仕事だって≫
ルーカスの母方の祖父母、つまりエミーさんの両親に事情を説明すると、最初は信じてくれなかった2人も分かってくれた。
ルーカスは祖父母だって悲しいのだから心配を掛けさせてはいけないと思い、ずっと父親のエドワードが殆ど家にいない事を黙っていた。
「遠くにお住まいなのは知っています。だけど……ルーカスのためにこっちに来て面倒を見てあげて下さい」
≪そうね、だけど迎えに行った時、もしあの人が帰ってたら話がややこしくなるわ。ジュリアさん、あなたが家にいても不審がられるし。ルーカスに代わってくださる?≫
「もしもし! オレ今から病院に行く。おばーちゃん、お母さんの病院まで来て、そうしたら看護師さんもいるから安心だよ」
ルーカスのお父さんが不倫をしていると伝えると、ルーカスの祖母は電話口で絶句していた。そんな環境に孫を置いておけるはずがない。
ルーカスが友達と会えなくなるのは可哀想だけど、今はとにかく面倒を見てくれる大人が必要だわ。
私が四六時中ついていてあげる事も出来ないから。
『ジュリアさん。ここまでしてもらうつもりじゃなかったんだけど』
「いいんです、ここまで来たら私もルーカスをちゃんと見ていてあげたいし」
ルーカスは学校の勉強道具、着替え、どうしても持って行きたいおもちゃを持って家を出た。私も幾らか荷物を持ってあげたけど、ルーカスはもう寂しそうな顔をしていない。
エミーさんの気配を感じ取った事で、気持ちが浮上したんだと思う。同時に母親を捨てようとした父親など、絶対に許さないし頼らないという強い意志も感じる。
私はプスを抱いているから病院には入れない。
ルーカスに看護師を呼んでもらい、ルーカスの祖父母が来るまで守って欲しいと伝えた。父親が迎えに来ても、絶対に連れて帰らせないでと。
「……おねえちゃん、帰っちゃう?」
「外で待ってるから大丈夫だよ。あと1時間くらいでお爺さん達が来てくれる」
「じゃあ、オレもここで待ってる」
そう言うと、ルーカスは私と一緒に外の芝生のベンチに座った。勿論、本体ではない死神のエミーさんも一緒。
時刻はもうじき17時。
私は時々2人の会話の橋渡しになりながら、ルーカスの祖父母を待った。
病院前の広い芝生からは、屋根付きの渡り廊下も正面玄関も見える。
車椅子を押して貰う患者さん、お見舞いに来たであろう家族連れ、いろんな人が行き交ってる。
ルーカスの祖父母が通りかかれば、ルーカスかエミーさんが見つけてくれるよね。
『ジュリアさん。本当に有難う』
「……まだ感謝するには早いわ。ルーカスをちゃんとあなたの両親に届けなくちゃ」
『私、頑張って生きて良かった。こうしてあなたという最高の女性と出会えたんですもの。私の思いと息子を守ってくれて有難う」
……やめてよ、私はそんなんじゃない。彼氏をなんとか目覚めさせたいだけで、そうじゃなかったらきっとこんな善人ごっこはしていない。
言うなれば私は偽善者。自分のために頑張っている事が、たまたま他人の利益になっただけ。私はみんなを助けるためにこうして活動しているんじゃないの。
ルーカスは2日後、母親を失う。
同時に、不倫相手の家に入り浸っている父親も失う。でも祖父母に育てられ、心に傷と隙間を残したまま、それでもきっとエミーさんの意思を継いでしっかり生きてくれる。
「……一応、言わせてもらうわ。ルーカスのためにも、最後までその一生をしっかり生きて。結果が変わらなくても、ルーカスに触れられなくても。喋れなくても最後まで寄り添って」
「おねーちゃん、お母さんとお話してる? 何て言ってる?」
「あなたのお母さんね、ルーカス君の事を本当に愛してるの。目を覚ましたいけど出来ないから、いつも一緒だよって、覚えていてって。エミーさん、一緒にいてあげて、必ず」
『……ええ、残りの時間は息子と過ごすわ』
そんな話をしている時だった。
「おいルーカス! 何を知らねえ奴と楽しそうに話してんだ! さっさと帰るぞ!」
突如誰もが振り返るような大声が響いた。呼ばれたルーカスの肩がびくりとはねる。
「お、お父さん……」
「あの人が?」
『……間違いない、エドワードよ』
悪魔の形相でルーカスを睨みつけながら、小太りの男が近づいてくる。立ち入り禁止の芝生にも構わず、ベンチまで一直線に。プスは驚きで体中の毛を膨らませてる。
ルーカスは怯えている。膝の上でこぶしが震えていて、顔を上げようともしない。
もう少しでエミーさんの両親が来るってのに、なんでこんな時に限って……。
「ったく、俺のパパとママが来るってのに! ……何だその荷物は」
「あ、あ……」
「ちょっとあなた何? この子はお母さんに会いに来ただけよ! 私は事情を聞いてここで話していたんだけど、そんなに怒ることないでしょ?」
「他人が偉そうに口を出すな、これはうちの問題だ! 黙ってろクソ女」
おでこに汗を搔きながら、男は鼻息荒く私を睨む。言葉は悪く、見た目も悪い。エミーさん、なんでこんなのと結婚したのかしら。
一緒にエミーさんの病室に行こうともしない、多分心配もしていない。……いや、ディヴィッドの病室に行かなかった私が言えることじゃないか。
行かない理由はそれぞれ。そこはまあ、置いておくとして。
「あのね。この子は1人でお母さんのお見舞いに来ているの。私、この子が毎日1人で来ているのが心配で、こうして仲良くさせて貰ってるの」
「あ?」
「そんな喧嘩腰にならないでくれる? あのね、奥さんの病室に旦那さんが顔を見せない、いつも子供が1人で来てるって噂になってるんだからね、あんた」
私は毎日来てなどいないし、ついでに噂にもなっていない。2つも嘘を重ねたけれど、死神を神にカウントするなら、私の嘘は神に許されてるって事でいいよね。
「てめえに関係ねえ! ルーカス、来るんだ」
「ルーカスくん、ここにお母さんがいるとして、あなたはどうする?」
「……お見舞いに、行く。帰らない」
「聞いた? 子供の意思を尊重しない親なんて、今時流行らないわ! お母さんのお見舞いに行くな! なんて、そんな事まさか、ねえ?」
私は何事かと聞き耳を立てている周囲の人に、わざと聞かせるように大声で応えた。
「うるせえ! こいつの母親はな、不倫して家を出て勝手に事故で入院してんだ!」
『酷い、なんて事を』
「不倫? 私はエミーさんの友人よ。聞きづてならないわね」
「関係ない。ほら早くしろ、ママが家事をしに来てくれるんだ」
家庭の問題、それは分かる。でもルーカスがそれを望んでいない。
今この場でルーカスを守りたいエミーさん、守れる私。
私が何もしない訳にはいかない。
「……そのだいちゅきなママは、アンナさんの事知ってるの? ……へえ、アンナさんってデパート勤務なのね。昨日はプレゼントのスカーフ、喜んでいたみたいね」
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