Do or Die-06



「事故って入院、今度は雷に打たれて入院、次は? 銃撃? ……隕石?」

「もう勘弁よ、今も色々と不穏な感じなの。色々焦らないで、しばらくはゆっくり職探し」

「困った時はいつでも言って」


そう言ったローリは、鞄から1枚の写真を撮り出した。


「何これ、ポラロイド……え、うっそ!」

「そう、まさかなの」


 それは、白黒に曲線が入っただけの写真だった。

 エコー写真ってやつ。そう、おめでたいやつ。


「おめでとうローリ! もう、いつ分かったの? それこそすぐ教えてよ」

「昨日の夕方。気分が悪くて病院に行ったら……妊娠10週目ですって!」

「オレは前から気分が悪いなら病院行けってずっと言ってたんだ。仕事を辞めてから行くと言い張るから、危ない病気じゃないかとドキドキしていたよ」

「もう、驚いたじゃない! いいわね、幸せ全部持って行かれちゃう」

「あんたもこれからよ、あたしが年齢分ちょっと先に経験してるだけ」


 ローリが妊娠! ママになる! 結婚も決まり、子供に恵まれ、旦那になるエリックも素敵な人。私まで嬉しくなっちゃう。

 羨ましいのは本当。だけど幸せを隠し切れないローリの姿をみていたら、祝福以外何も考えられない。


「だからコーヒーじゃないのね」

「そう。100%オレンジジュース。砂糖の摂り過ぎもだめ、カフェインもだめ。あんた、生まれてきたら覚えときなさいよ」


 文句を言いながら笑い、優しくお腹を撫でるローリ。私もエリックもひとしきり笑った。


「それで、あんたディヴィッドの所には行ったの?」

「……ううん、行ってない。もう彼女じゃないもの」

「前にも言ったけど、ディヴィッドの親と結婚するわけじゃないんだよ。あいつの気持ちはまだあんたにある、絶対に」

「でも彼の親に顔を見せるなって言われて、お前のせいでって言われて、私、どんな顔して行けばいいの」


 ローリの言いたい事は分かる。本音では私だってディヴィッドとの別れに納得はしていない。

 嫌いになったわけじゃないし、まだ引き摺ってる。嫌いなところなんてなかったもの。


「ディヴィッドが目を覚ますまで、猶予を貰いな。あっちの親もあんたのせいって言いながら、責任を取れとは言わなかったんだよね?」

「言われなかったけど、行って責任を取れって言われたら」

「……ローリ、実はオレ、ディヴィッドに相談を受けていたんだ」

「相談?」


 エリックが言い難そうに下を向く。相談? まさか、別れ話……?


 そう言えば、事故に遭った日はなぜあんなドライブに出たんだろう。

 遠出なんて殆どしなかったのに、急に火山の見える自然公園に日帰りだなんておかしいよね。そこで別れ話をされるはずだったのかな。


 優しく頼りになるディヴィッド、対して減らず口、気遣いもできなくて仕事の休みも合わない私。

 時には諫めながらも優しく甘やかしてくれるディヴィッドに、私は何が出来たんだろう。愛想を尽かされていたのかな。


「もしディヴィッドが目を覚ましたら、オレから聞いた事は黙っていて欲しい」

「ちょっと、エリック! 秘密だって言われたでしょ」

「黙っていられるはずないだろ。ディヴィッドだって分かってくれるさ」

「ちょっと待って、2人共知ってたの?」


 ローリも話の内容を知っているみたい。

 アイスコーヒーのグラスの汗のように、私の背中を冷たいものが伝う。


「あのね、あたし達もあの日、自然公園に行くはずだったの。あー……正確に言うと行った。行って、あんた達を待ってた」

「待ってた? え、約束してない」

「17時に展望台って、ディヴィッドに頼まれたんだ。これを持って来てくれって」


 エリックはそう言って小さな箱を私の前に置いた。


 白い立方体の箱を見ただけで、何かは分かる。

 恋人との甘い日々や結婚に憧れを抱いていれば、誰だって意識するものだから。


「リング? うそ、でしょ」

「これを預かってた。2人が火山を見ている間にお届け物ですよって、渡すつもりだった。わざわざデリバリーのコスプレまで用意してね」

「噴火しない火山の代わりに燃え上がる、面白いだろってさ。くっさいよね、でもディヴィッドらしいと思った。あんた、それを断るの?」


 気付けば私の目からは涙が溢れていた。


 ディヴィッドは私を幸せにしてくれるつもりでいた。私を愛してくれていた。

 そんな大切な人を、私は勝手に諦めようとしていた。


 もしかしたら、事故さえなければ、今ここにディヴィッドがいたかもしれないのに。私はそのリングを着けていたかもしれないのに。


 妥協した先に、明るい未来はない。

 私を大切にしようとしてくれた人を、今の私は大切にしようとしていない。


「……今日、病院に行く。あなた、目が覚めたら覚悟しときなさいよって」

「あはは、そうこなくっちゃ! じゃ、今からあたし達も一緒に行ってあげる、預かった婚約指輪だってあるんだから」

「有難う。それじゃ……あー……」


 そうだった、忘れてた。私は死神と死神探しをしなくちゃいけないんだった。


「……ごめん、なんか流れでこうなちゃった」

『構わない。だが、ちょっと気になる事がある』

「気になる?」


 口元を拭くように見せかけて、死神に小声で話しかける。まさか、ローリに死神と一緒だなんて口が裂けても言えない。


『……いや、外を飛び交う死神の数が気になる』

「え、行き交う?」


 私が恐る恐る振り返ると、一見いつもと変わりのない道路が目に映った。行き交う大勢の人々は、不機嫌そうであっても弱々しくはない。


 でも、昨日は殆ど見なかった死神が2体飛んで行くのが見えた。

 いや、もしかしてこの喫茶店を意識してる?


「ローリ、エリック。そろそろ出ない? ああローリは無理しないでいいのよ、大切な時なんだから」

「体調はばっちり。じっとしていたって、絶対に妊娠中毒症や切迫流産にならないってわけじゃないのよ」


 この喫茶店から離れた方がいい。そう思った私は2人に退店を促した。

 でも、死神はそんな私達を制止した。


『待て、ローリだ』

「ん?」

『心なしか、店の内外に弱った者が多い。ローリは本当に何ともないか。体調を訊け、すぐに』

「あ、あーローリ。外は結構暑かったし、どう、本当に無理してないよね? 私のためとか思って我慢してないよね?」

「あんた、あたしより心配してんの? 大丈夫よ、まあちょっと冷房が効き過ぎて寒いかなって」

「え?」


 私とエリックは互いに目を合わせた。

 この店は大きなガラス窓のせいで外の熱気が伝わってくる。店の中は少し暑いくらい。


「お、おいローリ、寒いってマジかよ」

「あー、ごめんローリ。この店、暑いわ。寒くなんかない、寒がりな私が断言する」

「うっそ、鳥肌が立ちそうなのに?」

『ローリを病院へ、今すぐに』


 死神が珍しく焦り、窓をすり抜けて外に出た。

 外で見かけた死神は、ローリを狙ってる?


「ローリ、落ち着いて聞いて。私その、似たような症状で倒れた人を知ってるの。あーえっと、こう、熱はないのに凍えだして、あー……本当は暑いのに」

「脳梗塞」

「そう、それ! いや、決まったわけじゃないけど、診てもらおう、ね?」


 大げさだと言いながらも、私とエリックの慌てようで自分の状況を把握できたみたい。

 極めつけは隣のテーブル。

 汗をかいたおじさんがメニュー表で扇ぎ、クーラーが壊れているのかと悪態をついた。


「うっそやだ、冗談でしょ?」

「エリック、私お会計する! 救急車お願い! 会計終わったら外で到着を待つから!」

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