第6話 嫌いな理由 ★



 そんな娘の呟きに、ワルターは小さくため息を吐いた。

 それはまるで「そんなの当たり前だろう」と言っているかのようだった。

 そんな彼に縋るように視線を向ければ、唸るように「その2人の間には、非常に大きな違いがある」と言われる。


「『大きな違い』ですか……?」


 何の事か分からなくて、セシリアがオウム返しにそう尋ねると、ワルターが「そうだ」と言って頷く。


「時には他人を謀り交渉を有利に進める、それは一つの社交術だ。その道理をセシリアはよく理解している。だからそれを武器にする人間に対して、セシリアが決して嫌悪感を抱かない」

「はい、お父様」

「それでもお前が彼を嫌うのは、彼にはマリーシアと違い、その行動に相応の動機が無いからだろう」


 動機。

 その言葉こそが、ワルターが娘の思考に示した道筋だった。

 そしてそれを、セシリアはきちんと受け取った。


 

 要した時間はほんの少し。

 熟考から覚めたセシリアは、新たな気付きにゆっくりとペリドットの瞳を大きく見開く。


「マリーお姉様は、いつだって『他の誰かの為に』人を謀る手段を用いる。しかし殿下は『私欲のために』策を弄する。その違いが私に嫌悪感を抱かせる。そういう事なのですね……?」


 いつだって家族や領地、領民達の中に行動原理を求めるマリーシアは、セシリアにとっては『善』だ。

 だからそんなマリーシアを、セシリアは誇らしく思う。


 対してアリティーの在り方は、セシリアの『善』の常識からは非常に大きく外れていた。

 セシリアが彼に対して好意を抱けない理由は、きっとそこなのだろう。



 ならば、セシリアが彼に対して好意的な感情を持つことはこの先もあり得ない。

 少なくとも彼の行動原理が変わらない限り、アリティーが今正に待ち望んでいるだろうその日は絶対に来ないのである。




 そんな想いを、セシリアは決して言葉にはしなかった。

 セシリアは彼に対し、それらを事細かに説明してやる理由も義理も、その欠片さえ感じていない。


 解ってくれるかも分からず、解った所で改善してくれる気など無いだろう相手に割く時間など、勿体無い以外の何物でもない。


 そういう物を人は「非効率的」と呼び、セシリアはそれが嫌いなのだ。





 笑顔で告げられたセシリアの一言に、場がピシリと凍りついた。


 例外は、オルトガン側の人々だ。

 ワルターはフッと笑い、マルクはニコニコして、クレアリンゼは「あらあら」と口に手を当てつつ含み笑いをしているようだ。


 反応は、三者三様。

 そんな彼らに総じて言える事といえば、3人とも間違いなくこの状況を面白がっているという事だろう。

 


 そんな様を前にして、クレアリンゼのメイドは真顔を、ゼルゼンは「あぁ、やっちゃったか」という呆れと諦めの入り混じったわんばかりの表情を、それぞれポーカーフェイスの下に隠し持つ。

 

 その状態で沈黙が続く事、ほんの数秒。


「セシリア、殿下とのお話はもう終わったのか?」

「はい、お父様」

「そうか、では行こう」


 平然としたワルターの声と、優しく響くセシリアの声。

 それを経て、ワルターが今度はアリティーに向かって辞去を申し出る。


「それでは殿下、私達はこれにて失礼いたします」


 ワルターは、颯爽と歩き出した。

 それに続く他のオルトガンの人間も、同じく足取りは軽い。



 それに少し出遅れて、モンテガーノ親子ハッと我に返った。

 そして「一刻も早くこの場から離れたい」と、足早にアリティーの横を通り過ぎる。




 一方王子側はというと、驚きのあまり固まっていたようだったが、セシリアがすれ違った辺りでまず一人だけが再起動を果たして声を上げる。


「ぶっ、無礼だぞ! セシリア嬢!」


 その声に、誰も反応しなかった。


 足を止める事もなければ、振り返る事もない。

 それは先頭のワルターに倣ったものだったが、特にモンテガーノ親子の中には「今振り返ったり立ち止まったりしたら負けだ」という、一体何と戦っているのかよく分からない感情があったらしい。

 

 後日、今日のことを苦い顔でそう振り返ったクラウンに、セシリアは笑い、レガシーは誤って変なものを飲み込んでしまったような顔になった。



 後ろで


「――っ、殿下! あの者達を『不敬罪』に処しましょう!」

「……いやいい、やめろ」


 というやり取りがかすかに聞こえてきた気がしたが、セシリアはむしろ謁見の間を出たばかりの時より余程スッキリしたような顔付きでマイペースに帰路へと付いたのだった。


 




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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991901591


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