第5話 怒ってる理由(ワケ)



 セシリアは、既に「この場限りのものとする」という言質を取っている。


 先ほどまでは、他貴族達の目と『不敬罪』の適用を気にしていた。

 しかし、今はもうそれらに配慮する必要がない。

 その事実が、セシリアにこんなにも率直で容赦のない言葉を選ばせた。




 ずっと押し殺してきた。

 漏れ出てしまう事はあっても、周りにぶつける事はしなかった。


 それでも抱え続けてきたその感情を、セシリアは今彼にぶつける。



 セシリアはずっと怒っていた。




 例えば、テレーサ。


 社交の後半以降、彼女はよくセシリアの側にやってくるようになっていた。

 セシリアにとっては初めての、同性の貴族の友人。


 そんな彼女をアリティーは、間接的に操った。



 上手く行けば御の字。

 上手くいかなくとも、セシリアの友人ではなくなる。

 そうすればセシリアの側から親しい者が一人消え、孤立させる事が出来る。

 そうして出来た心の隙間に、入り込む余地ができる。

 きっとそんな風に思っていた。


 『大人禁制のお茶会』で起きたあの喧嘩で生じた痛みを、セシリは絶対に忘れない。




 例えば、レガシー。


 彼はセシリアが初めて自分から声を掛けた友人で、彼の隣は社交場における彼女の羽休めのための寄木だった。


 その一方で彼自身は、地道な努力ができる子だった。

 人見知りを拗らせた自分を顧みて地道なリハビリを繰り返し、今では話す事が出来る相手が少し増えた。

 そんな彼をセシリアは、心の底から応援していた。


 そんな彼の一歩一歩の努力の軌跡を、アリティーは壊そうとした。


 

 上手く行けば充てがった婚約者に配慮して、2人は互いに一定の距離を取る。

 上手くいかなくとも、彼自身の心労は計り知れない。

 きっとそういう算段だった。

 

 しかし実際、もし何かが一つ間違っていとしたら。

 周りに対してレガシーが今以上に心を閉ざしてしまう、そんな未来もあったのだ。

 そしてそれには、アリティーだって思い至っていた筈である。


 かの家よりも上の立場を家を経由して、見合い話を大量に持っていく。

 そんな風に決して断れないやり方でレガシーの今までを台無しにしようとしたその行いを、セシリアは絶対に忘れない。




 例えば、クラウン。


 その本質は、頑張り屋で他人に目を向けられるいい子である。

 一悶着あったものの、周りに流される事を辞めた彼はもう、今では立派で誇らしい友人だ。


 そんな彼をアリティーは、強引に舞台の上へと上げた。



 上手く行けばモンテガーノ侯爵家を廃する事ができ、『革新派』を弱体化させる事が出来るし、セシリアの周辺から排除する事もできる。

 上手くいかなくとも、彼はまた噂の渦中に放り込まれてストレスを溜めることになるだろう。

 きっとそういう思惑だった。


 既に清算している過去を今更ながら蒸し返し、晒し者にしたという事実を、セシリアは絶対に忘れない。

 



 セシリアは、本当に腹が立っている。

 アリティーが彼らをダシにした事も、その理由が誰でもない私であった事も。


 当事者なので、面倒ではあるけれど私自身の事はある程度仕方がない。

 しかし、何も悪くない、関係の無い人まで巻き込んで、その上で全く申し訳なく思っていない。

 平然と「失敗したけどまぁ良いや」だなんて思っているそのあり方が、どうしようもなく許せない。



 それこそが、今のセシリアの心を占める大半だ。


 

 

 王族から召喚命令書が届いた次の日の両親との話し合いの場で、実はこんなやり取りがあった。



「彼が用いる手段や思考の傾向は、マリーお姉様と似ています。なのにどうして、殿下の事をどうしても好きになれないのか……」


 セシリアは、姉にはかなり好意的だ。


 マリーシアは、妹に対してでさえどこか本心を隠す様な所がある。

 しかしそれでも彼女の事を好きな気持ちは揺るがない。

 


 だからこそ、セシリアは自分の心が不思議でならなかった。


 そんな姉と同じ特性を持つアリティーを、何故自分は「人としてさえ好きにはなれない」と確信しているのだろうか。

 何故こうも、嫌悪感さえ抱くのか。

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