第4話 私、殿下が――





 彼の登場に、セシリアは思わず半歩ほど後ずさる。


 まさかさっきの今でわざわざこんな所まで探しにやってくるなんて。

 これは流石のセシリアも、全くの想定外だ。


 

 片付いた物が何故か再びやってきた。

 そんな事実を前にして彼女が抱いたのは、うんざり感と不信感。

 

 しかしそんな事には全く気付かない様子の彼が口を開く。

 

「セシリア嬢。先ほどのお前の言葉、私はきちんと受け止めた。その上で宣言しよう、こんな事如きで、私はお前を諦めないと!」


 その顔には、一体どこから湧いてくるのか。

 彼中には大いなる自信が見て取れた。


 

 確かに、彼の容姿はそう悪くはない。

 容姿だけに言及すれば、セシリアと並んでも見劣りしないくらいの出来をした彼の顔である。

 不敵な笑みを浮かべた今ならば、いつもの穏やかさとのギャップも相まって、さぞかし「こんな勇ましい一面もお持ちなのね」などと言ってチヤホヤとされそうだ。



 しかし生憎、今の相手はセシリアである。


 彼女は彼の本性にもう気付いているし、そもそも一般的な容姿の良し悪しにほだされたりするタイプでもない。

 つまり彼女に効果は皆無だ。



 この時セシリアは、心の中で自問していた。


(今日私、結構頑張っていたよね……?)


 そう問えば、心の中から「頑張ってたよ」と答えが返る。



 そう、今日セシリアは頑張ったのだ。

 それこそ自分でそう評価出来るくらいに。


 しかしそれでも、返ってきたのはこんな反応だったのである。


(なるほど……私が彼に現時点で全く興味を持っていない事は伝わっても、私の気持ちは伝わらなかった。おそらくそういう事なのね)


 そう思った時、2日前に母が言った一言が、セシリアの脳裏をふいに過ぎる。



「あのねセシリア。『王族』というのはね、何故か不必要なまでのプラス思考を発揮する生き物なのよ」


 その言葉が今は重い。



「そちらに断る自由があるのと同じ様に、こちらにも諦めない自由が存在するのだ。だから私は君を諦めない。良いだろう? セシリア嬢」


 そう言った時、彼は考えるべきだったのだ。


 「興味がない」という理由だけであれほどまでに人は人を頑なに拒絶するものなのか、と。

 彼のその浅慮な言葉が、この後の彼を鋭く切りつける事になる。


「……あぁ、また許可を出していなかったな。直答を許す」


 2人が出会ったあの時を、彼は思い出したのだろう。

 今度は進んで出された直答許可も、現状の種火に油を注ぐ。


「――では殿下。これからの発言は、私と殿下との間のもの。この場限りのものである事を、まずは約束してください」


 本音で話すから。

 そんなセシリアの申し出に、彼はすぐさま頷いた。

 そして「何だ?」と、楽しみそうに先を急かす。




 そんな彼にセシリアが向けたのは、今までで一番の満面の笑みだった。




 すぐ側にあった窓から、陽の光が差し込んでくる。

 その光は少し淡くて、セシリアの視界を鮮明にする手助けこそすれ、邪魔になる程のものではない。


 少しクリアになった視界の先にはアリティーが居る。

 

 光の加減か、少し頬が紅潮しているように見える。

 セシリアの言葉を聞くのに支障は無いだろう。


 周りに騒音はない。

 彼の瞳はセシリアを捉えていて、意識がこちらに向いているのがよく分かる。


 ならば後は言うだけだ。

 今度こそ勘違いを挟む余地もなく、聞き漏らす事もないように。


「私、殿下が――大嫌いです」


 今度こそ正しく届けと念じながら、セシリアはそうはっきりと口にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る