第3話 グランの不安 〜ワルター視点〜



 一方、そんな3人の和やかな雰囲気の前方ではいつの間にか、大人達が別の会話をし始めていた。


「まぁ、私の目的は無事に果たせたから良いのだが……アレは大丈夫なのか? 伯爵」


 おもむろにそう言ったのは、先頭を歩くグランである。



 彼は別に、ワルター達のことを心配してこんな事を聞いているのではない。

 自分の目論みを成功させた彼は、「あの場に居合わせたから」という理由で無用な飛び火が来るのを嫌がっているのである。


 ワルターは、その事も、そもそも彼が何の事を指してそう言っているのかも分かっていた。

 しかし、その上でこんな風にしらばっくれる。


「アレとは一体、どれの事です?」

「不正の暴露、そしてセシリア嬢の一連の発言についてもだ」


 焦れた様に、グランの声がそう言ってきた。

 そんな彼の短気さは、おそらく不安の裏返しだろう。


 確かに不正の暴露も王族との婚約を思い切り蹴った事も、国の行く末に関わる重大な事だ。

 彼が不安に焦るのも分からなくはない。


 しかしそれでも、ワルターが浮かべるのは笑みである。


「どちらも問題ありませんよ。不正暴露についてはそもそも不正を許した方と機密漏洩が悪いのですし、セシリアだって尋ねられた事に答えたというだけの事です」


 一体何をこちらに咎められる事があるのか。

 ワルターはそう宣った。


「しかしお前、セシリア嬢については結構ギリギリだっただろう」


 あれは問いという形式をとった催促だった。

 そもそも普通、王族の言葉を前にした貴族は「こちらに拒否権がある」とは思わないものである。

 あの様に『戦う』事が異例なのだ。


 そんな風に指摘されたが、ワルターはしれっとしたものだ。

 

「セシリアは、不敬にならない様にきちんと線引き出来ていました。だから大丈夫です」


 その証拠に、王族側から何か言われはしなかったでしょう?

 そんな風に言葉を返す。


 

 実際に、セシリアはうまく立ち回った。

 「言われなかった」のではなく、「言えない様に立ち回った」のである。

 そこには彼女の思惑があり、その通りの結果が出せた。

 彼女の方に関しては、ほぼ満点をやっていい。


 懸念があるとすれば、もう一つの方である。


「暴露した不正ですが、知っていて口をつぐんでいた家が一つありました。どうやら、悩んだ末にこちらの介入に気付いて手を引いたようで……」


 ちょうど関わっている家に当たりをつけ証拠固めを始めた時に、一家だけ何故か全く証拠が出ない家があった。

 調べを進めていく内に分かったのだが、どうやらその家は、こちらの証拠固めと同時期にこの件から急に手を引いたらしい。


 こちらの動きが捕捉されたという風ではなかった為考えられるのは『勘が働いた結果』くらいだが、うまく逃げたものである。


 証拠が出ない以上、その家に罰が与えられる事はない。

 たとえ加担者の内の誰かがその家の関与を話したとしても、今回は罰則者が多すぎる。

 なるべく波風を立てたくないだろう国王側が物的証拠が無い相手を処分するとは考えにくい。


(マリーシアの『やらかし』に遭って以降、あの家の危機回避能力は特に上がったようにみえるな)


 より用心深くなったという事なのだろうが、用心深い悪人ほど面倒くさいものは無い。

 そんな目は若い内に根っこから摘んでおくべきなのだろうが、そうしないのは『彼』がオルトガン伯爵家に牙を剥く気が無いからだ。


 そもそも不正は許せないが、あちらがこちらに危害を加えるつもりが無いのなら、あくまでもそれは国が見つけ裁くべき案件だ。 

 ワルターがすべき事の範疇からは超えている。


 全てに目は配れない。

 自分の目端が届く範囲は、それ程広くはないのである。

 そう分かっているから、そこは割り切る他無いのである。



 それに、だ。


「そもそも今回の我が家の発言が、侯爵家に飛び火する事はありえませんよ」


 その言質が取りたかったのだろう?

 そう思いつつ言葉を紡げば、グランはやはりと言うべきか、明らかな安堵した様子だった。



 もし何かしらの対応を強いられるとしても、精々あの場にいなかった野次馬から事情を聞かれるくらいだろう。

 しかしそれこそ彼にとっては、交流再開のきっかけになる事はあっても、弊害にはなり得ない。

 


 

 こうして大人勢も子供勢も、双方の話が落ち着いた時だった。

 彼らの前に、小さな人影が現れたのは。


「お、居たな。探したぞ」


 言ったのは、少年の声。

 貴族達より仕立てのいい服を着たその人影は、後ろに文官と護衛を1人ずつ連れニッコリと微笑んでいる。


 ――アリティーだ。


「これは殿下、どうされましたか?」


 歩いていた面々は、彼の登場と共に足を止めて最敬礼をとる。

 それを「よい」と手で制してから、彼は「それよりも」を視線をとある一点へと真っ直ぐに向ける。



 その視線の先に居たのは、セシリアただ一人だった。


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