エピローグ
第1話 周りの変化は想定通りに
とある昼下がり。
オルトガン伯爵家の仲良し3人兄妹は楽しくテーブルを囲んでいた。
「もう社交の時期もすっかり終わりに近づいてきたわね」
そう言いながらティーカップへと口をつけたのは、マリーシア。
「そうだね。今年は特に盛り沢山で、長かった様な短かった様な……」
そう告げながらたまごサンドに手を伸ばすのは、キリル。
そして。
「やっと領地に帰れますね」
そう言って微笑んだのが、セシリアである。
王城の召喚があってから、もうかれこれ1週間。
その間、セシリアは完全に安全なお茶会に2度だけ顔を出していた。
そもそもセシリアは今年自分がすべき社交のノルマは、大分前に終わらせている。
だから本来、わざわざ敢えて表舞台に出る必要は無い。
召喚についてのアレコレを根掘り葉掘り聞かれそうなこの状況でならば、尚更だ。
それでも二箇所に顔を出したのは、現在飛び交っている噂話に興味津々で集まってくる噂好き達から、逆に情報を聞き出す為だ。
お陰で召喚がもたらした周りの変化についての情報を、セシリアは至極簡単に手に入れたのだった。
「あの謁見でお母様に名を挙げられた方々、国から有罪判定されたらしいですね。今は与えるべき罰について協議中だとか」
そんなセシリアの一言に、キリルが「それなら僕も小耳に挟んだ」と応じてくれる。
「国のことを考えればあれだけの数の家をそう易々と罰するわけにはいかないらしくて、そのせいで議会は紛糾しているらしいね」
罰する数が多い上に、主犯が伯爵家。
つまり上位貴族である。
政治的な事を考えれば、立場のある伯爵家を取り潰したく無い。
しかし主犯の罪を軽くするなら、その他の家への処罰はそれ以上に軽くしなければならない。
しかし事は、国家を揺るがしかねない案件である。
あまりに罰が甘すぎるのも、他貴族達に示しがつかない。
そうなれば、不満と不審が噴出するだろう事は容易に想像できることだ。
つまり彼らは今まさに、罰と便宜の狭間で賢明にバランスを取っている最中なのだろう。
頭を抱える議会一同を想像したのか、キリルが困ったように笑っている。
おそらく同情しているのだろう。
セシリアが「落とし所が難しいな」と思っているのと同じ様に、彼もまたそう思っているのだろうから。
しかしそんな兄の同情を、マリーシアは一蹴する。
「そんなもの、王族や宰相が幾らでも頭を悩ませれば良いのですよ。我が家を敵に回したのだからそのくらいは当然の報いでしょう?」
確かにその通りではある。
(どうしても、目の前に難題があると解いてみたくなるセシリアだが、もしかしたらこれは悪い癖なのかもしれない)
そんな風に思いながら紅茶を一口口に含めば、ほぼ同時にキリルが「まぁそうなんだけどね」と言って苦笑いする。
表情を見るに、どうやら「ただの自業自得だから同情の余地はないが、『もしも自分がそれを決める立場にあったら』と想像したらやはり苦笑いの一つもしたくなる」という思っているようである。
そんな兄の苦労じみた考えを横に置いて、マリーシアが「それはそうと、ねぇセシリア」と声を弾ませて言う。
「アリティー殿下との一件、見事に噂になってるみたいね?」
「はい、そのようです」
声だけじゃない。
目の奥までにも、楽しげな色が揺蕩っている。
相当面白がっているらしい。
アリティーとセシリアに関する噂は、以前の『婚約間近』系から180度変わり、今や『婚約お断り』系が主流になっている。
というか、前者はほぼ撲滅されたと言っていい。
鬱陶しかった諸々の噂は既に、限りなく事実に近い何かへと見事に上書きされている。
それは即ち『セシリア大成功』という事だった。
まぁアレだけ派手にやったのだ。
こうなるのも必然ではあるのだろうが。
因みにだが、変わったのは噂の方向性だけではない。
以前の噂はほぼ全てのフォーカスがセシリアへと向いていた。
しかし、ここに来て噂の主役はアリティーになっている。
具体的に言うと、噂は「セシリアが婚約をお断りした」ではなく、「アリティーが婚約をお断りされた」という風に広まっているのだ。
そしてそれは間違いなく、第二王子の醜聞となっている。
そんな事態に、セシリアとしては大満足だった。
一応オフレコで釘は刺したが、これでおそらく当分の間は彼を完封できるだろう。
まさか自ら進んで醜聞の上塗りをしに来るほど馬鹿ではあるまい。
「まぁ、彼に関しては完全に同情の余地なしだよね」
先程の件では同情していたキリルでさえ、この件に関してキッパリとそう言い切った。
まだ10歳の少年に向けて言うには些か厳しい言葉のようにも聞こえるが、彼は全くそんな風には思っていないようだった。
どんなに幼くても、自分のした事にはきちんと責任を取るべきだ。
そんな考えは、彼の根底にもしっかりと根付いている。
彼は確かに伯爵家の中では考えが最も甘く、比較的常人に則した判断基準を持っていると言っていい。
しかしそれでも、彼もたしかに『オルトガンの血族』なのだ。
「相手の気持ちをきちんと確かめもせず、思い込みと自分勝手を押し付ける。そんな好き勝手をしたんだから、それによって得た醜聞も彼が負って当然だ。それが嫌なら、最初からしなければ良い。ただそれだけの話だからね」
「いつになく辛口ですね?」
「今までセシリアの噂にヤキモキしていましたからね、お兄様も」
きっと色々と鬱憤が溜まっているんですよ。
兄の珍しい姿にセシリアが首を傾げれば、マリーシアがそう言ってクスクスと笑う。
するとキリルは少し恥ずかしそうな顔で「マリー、笑い過ぎだからね?」と呆れた声を上げた。
そして余程居心地が悪かったのか、苦し紛れに人身御供を彼が捧げる。
「そういえばセシリー、殿下にオフレコでガツンと言ったって言うところまでは聞いてたけど、あんなにストレートな言葉を使ったんだね?」
マルクから聞いたんだ。
その情報の流出先を目で問えば、彼からそんな声が返った。
マルクはああいう事を言いふらすような人ではないし、おそらくキリルが直接聞いたのだろう。
「あくまでも非公式な場で、ですよ?」
「あら、それにしたって『よく言った!』って私も思いましたよ?」
マリーシアが楽しそうにこの話に乗ってきた。
どうやらキリルの作戦は成功したようである。
しかし、なるほど。
どうやら彼女もセシリアが彼に一体何と言ったのか、その言葉の内容までしっかり知っているようだ。
生贄なんてひどいです、お兄様。
そんな目でキリルを見れば、彼は笑いながら「ごめんごめん」と言った上で、「まぁ僕も、アレが最善手だったと思うよ」と言葉を続けた。
キリルはサンドイッチに手を伸ばし、たまごサンドを一切れ手に取った。
「だって彼、一連のアレコレに関する自分が関与した物的証拠、全く残してなかったしね」
そう言いながら、好物を口に頬張った。
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