第2話 オルトガンの3兄妹


 おそらく彼は「糾弾する場所は用意できなそうだったから、一番良い手はやっぱりその手の精神攻撃で報復と釘刺しを同時にする事だったと思う」と言いたいのだろう。

 


 召喚命令を受けて、怒りに震えたオルトガン伯爵家。

 その翌日にセシリアが黒幕の正体を明かすと、彼らは一斉に一連の事に関するアリティー関与の証拠を探した。


 証拠があれば、少なくとも今後の干渉を防ぐための交渉材料にはなるだろう。

 その中で第三者への不利益になるような物を見つけられれば御の字だ。

 せっかくなので謁見の間で暴露してしまうのも良い。


 そんな気持ちを抱きつつ、彼らは伯爵家の膨大な情報ネットワークを駆使して証拠を探した。

 その結果分かったのは、確かに彼は心象的には明らかに『黒』だという事。

 そしてもう一つ、物的証拠が何一つとして無い事だった。


「あの綺麗さは、おそらく最初から何一つとして物的証拠を作っていなかったからなんだろうね」

「えぇ。きっとコマへの働きかけは、全て口答でのみ行っていたのでしょう」


 だから教唆の証拠が出ない。


 マリーシアが、キリルの苦い声に続いて忌々しげにそう言った。



 本当に、変な所で用心深い。


 「それが彼だ」と言えなくもないが、それにしたってあの用心深さは重症だ。

  一体何が彼をそうさせるのか。

 「セシリアたちを警戒して」というよりも、もっと別のものを警戒している様に見える。


 あそこまで徹底されればお手上げだ。



 勿論、色々と手は考えた。


 例えば様々な方向から働きかければ、おそらく『証人』は確保できただろう。


 しかし自分たちよりも同等以下の貴族ならば未だしも、相手は国の頂点たる王族である。 

 物的証拠もなく口先だけの糾弾でアリティーに何らかの首輪を付ける事は、おそらく無理だ。



 ならば例えば先日の不正告発時に使った、『証文』。

 見つけたその証人にそれを作らせるという手も確かにありはしたのだが、所詮は王が国の法律なのである。


 王が一言「嘘だ」と認定さえすれば、悲しいかなアレの効力は途端に失われてしまう。



 アリティーは彼の息子である。

 そして、クレアリンゼの話では王は存外感情的な性格らしい。

 そうなると王が「息子を守りたい」という感情のままに「嘘だ」という判定をする可能性は、決して低いとは言えなかった。


 そしてもし王が「嘘だ」と認定すれば、すぐさま「証拠も無いのに王子を糾弾するなど」という流れになっただろう。

 そうなれば、最悪こちらは『不敬罪』に問われる事になる。

 すると、それは必ず領地と領民に響くだろう。



 賞賛が低く、背負うリスクも高い。


 結局、そんな掛けには流石のセシリア達も出られなかった。

 

「別の策を取るのが最も効率的だった。そしてその中でも最も良い部類の判断をセシリーはしたんだよ」


 そんな兄の賞賛に、セシリアは「ありがとうございます」と礼を述べる。



 結局、あの言葉が一体どれほどの効果を齎したのか、セシリアは知らない。

 知りようもないが、別に知りたいとも思っていない。


 理由は簡単。

「嫌いな相手の事だから」である。



 彼女がこの件について情報収集をするのだって、あくまでも「火の粉が飛んできたら払わなければならないから」に過ぎない。


 必要に迫られた。

 だからそうしているだけなのである。




 そしてこれまた「必要に迫られて」、セシリアは冷静な思考で今後の脅威を分析する。


「これは今回王と話してみた感じの印象なのですが……王は、社交的手腕にも政治的手腕にもあまり長けていない様です」


 その上、考え方が保守的だ。

 あの様子ならば、いざという時に真にオルトガンの敵にはならない。

 宰相の方も、面倒ではあるが言い返す労力さえ惜しまなければ問題なく対抗できるだろう。


 それよりも、注視すべきは。


「アリティー殿下。彼の方が、余程今後の障害になりそうですよ」


 それは「彼がセシリアにとって現在進行形で『面倒』な存在だから」というだけの話ではない。


 そもそもの彼が持つ素質が、伯爵家にとって王よりもよほど脅威なのだ。



 


 今回、彼が一体どれだけの人数を手駒として動かしていたのか。

 末端も含めれば、おそらくその数はセシリアが想定した人数よりもまだ多い。


 今はまだ能力的にも精神的にも、未熟だから隙もある。

 しかし将来は分からない。



 そんなセシリアの言を兄姉は、終始静かに聞いていた。

 そして最後には彼女の言葉に頷いて、脳内におけるアリティーの脅威度を一つ上げる。


 その上で、マリーシアが「でもまぁ」と口を開いた。


「どちらにせよ、私たちのスタンスは何一つ変わりません」


 確かに手強い敵に関する情報は知っておくべきだろう。

 しかしそれが分かったからといって、自分たちが対応を変える必要は無い。

 

 その主張は、「今後彼がどんな横槍を入れてきたとしても十分に対応できる」というマリーシアの自負である。

 そんな彼女に「もちろん油断と慢心には注意しないといけないけど」と、キリルも続く。


「僕たちは何者にも屈しない。もしも僕たちの意が妨害された時は、容赦なく『やり返す』」


 それこそが、オルトガン伯爵家のあり方だ。


 いつだって自分たちが貫くべき事を見据え、それを成すために必要なことを常に考えて行動する。

 それを可能にするだけの頭脳があり、足がかりとなるべき社交ルートも既に構築できている。

 ならば、手を尽くさない理由はない。


 何故ならば。


「屈しない事こそが、伯爵領の民への守護になるんだから」


 自分たちが周りから舐められない事は、他貴族達に我が領地をいい様にされない為の牽制になる。



 勿論やり返す動機には、十分な熟慮が必要だ。

 勿論取るべき手段の正当性にも、十分な配慮が必要だ。


 しかしその点をきちんと押さえてさえいるのなら、あとは全く問題ない。


 そう言った未来の家長は、父にとても良く似た『良い笑顔』を浮かべていた。

 そんな彼に、セシリアが微笑みながら言う。


「これはこれは、頼もしい限りですね、お姉様」

「あらあら、恐ろしいお兄様ですこと」

「何を言うんだい? 僕ほど優しい兄は居ないよ?」

「いつもは温厚な方ほど、怒らせると一番恐ろしいのですよ?」

「なるほど、お母様と同じですね?」


 そんな軽口を叩きながら、互いに顔を見合わせる。


 

 そしてこの後、数秒間の沈黙の後。 

 思わずといった感じで、吹き出した声が3つあった。



 室内には楽しげな笑い声が響き渡る。


 そこにはもう、策謀を巡らせる知恵者の姿は無い。

 居るのはただの仲良し3兄妹、それだけだった。



 〜〜Fin.

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