第36話 セシリア・オルトガンが欲しいもの ★
それを受けてセシリアは、事態が決した後だからか。
穏やかな声と表情で答える。
「それはおそらく、私が求めている物が地位や名誉ではないからでしょう」
「ほう?」
では何だ。
そう思って暗に続きを促せば、彼女はこう言葉を続ける。
「私には貴族の義務を果たす用意があります。しかしそれは『そうしたいから』ではなく『そうするべきだから』に過ぎません。本来の私は、ただ好きな事をしていたいのです」
「その希望が、王族との結婚で通らなくなると?」
「少なくとも自由な時間は減るでしょうし、私がしたいと思った事の邪魔になるような柵も増えるでしょう」
王族としての教育。
一貴族とは、また別口の社交。
他の王族たちとの会食に、王族としての職務の遂行。
それらに時間を削られて、自分が本当にしたいことに時間を割けなくなるのが嫌だ。
そんな風に、彼女は言った。
「つまるところ、私にはそういった個人の時間を削られてまで国に尽くすモチベーションも、意義も、見出せないのです」
一見すると不実に聞こえるだろう言葉を、彼女は平然と言ってみせた。
しかしその実特に嫌な印象を受けないのは、彼女から『義務は果たすべきもの』という確固たる信念とそこに対する誠実さが見えるからなのだろう。
「なるほど、それは何ともオルトガンらしい事だな」
そう納得してしまったのは、その強い信念と誠実さが彼女の父親に、何ともよく似ていたからだったのだろう。
そしてアリティーの婚約者になる事を辞退するための方便だと思っていた彼女がした主張に対し、「実は本心だったのだな」とこの時初めて理解する。
(『王族は、国のために尽くせる人間でなければならない』。彼女が王族をそう定義づけているのならば、たしかに彼女には向かないだろう)
王族として大切なものをスラスラと言ってのけたため十分にその素質はあると踏んでいたが、国や国民に対する献身よりも自身の興味に目が向くのなら、たしかにその要件は満たせない。
それこそ、それが性格的なものならば尚更だ。
しかしそんな納得と理解の一方、同時にこんな事も思う。
(彼女はまだ、自分のしたい事を掻き分けて侵食する程の恋焦がれる気持ちをまだ知らない。それは当時のクレアリンゼもきっとそうだったのだろうが、彼女はまだ恋に憧れてすらいない)
王がこの時思い出したのは、彼が想いを寄せた頃のクレアリンゼの事である。
彼女が持ち出した拒否の理由は、恋に夢見た結果の言葉だった。
おそらくは、当時の彼女は少なからず貴族社会では限りなく少ない恋愛結婚に憧れていたのだろう。
あれは、そう推察するのが実に容易いものだった。
対して彼女は、どうだろう。
まだそのスタートラインにさえ立っていないような気がする。
女である限り、そういう感情の存在をまだ知らない彼女もいつか、誰かしらと結婚する時が来る。
その相手が見つかった時、あるいは恋をするかもしれない。
(王族を横に避けてまでしたいと思った事でさえ、手につかない時が来る。そうやって自分の感情に振り回される彼女の未来を眺める事もまた、一興か)
この時王は明確に、物珍しさと容姿と面影以外の部分で彼女に、ある種の興味を持つ事になる。
この後王が目配をして、宰相に謁見の終了を告げさせた。
退席の途中で一度、チラリとセシリアの方を見る。
すると彼女は退場する王族に対して、儀礼である最敬礼をとても綺麗に成していた。
顔が見えないのが少し残念な気もしたが、この国にいる以上また会うこともあるだろう。
(精々『次回』を楽しみにしておくこととしよう)
王は最後にそう思いつつ、口の端に微笑を浮かべてその場を後にしたのだった。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991909839
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