第35話 長い攻防戦の結末



 セシリアのその声に、王が分かりやすく面食らった。

 そして苦笑しながらこう告げる。


「セシリア嬢、流石に『飼い殺し』は言い過ぎだろう」


 まるで他人事である。

 まぁ事実として他人事なのだからある意味それは当たり前の事なのだろが、それにしたって想像力が足りていない。


「望まぬことを強要されようとしているのです。私からすれば、これでもまだ遠慮しているのですよ?」


 そう言うと、セシリアは敢えて控え目に、そして少し寂しそうに笑ってみせた。



 その様は、さぞかし可愛く可哀想に見えただろう。

 そう見えるように振る舞っているのだから当たり前だ。


 しかし彼女が抱く本心は、勿論それとは大きく異なる。


(出来るものならすれば良い。絶対に出来ないだろうけど)


 彼女はそう、思っている。



 したいのならばすれば良い。


 しかしそもそも、強制的に命じる事で貴族側の気持ちを蔑ろにして不満を招く。

 そんな事態を嫌ったからこそ、国王はつい先程もワルターとクレアリンゼの牙城に対し事実を曲げることにした。


 ならば今回、セシリアが敢えて強制に対して悲壮感を漂わせ委ねた裁定に対して彼が取るだろう選択も、想像が付くと言うものだ。



 先程は貴族の義務と根付いた考えについて口にしたが、セシリアは建国当時の主義思想は誰よりも王族にこそ多く残されていると思っている。


 度々見える貴族の目を気にして立ち居振る舞いを決める王は、もしかすると父親から「上に立つ者であるからこそ、貴族を敵に回してはならない」と教えられているのではないだろうか。

 それは着実にアリティーからも見える教えで、それこそが代々の王を暴虐にさせずに済んでいる所以なのではないだろうか。


 まぁ勿論、そんな事は口にしないが。



 それに、だ。


(もし万が一この状況で王が強権を発動してきたとしても、抗う手はまだ用意している)


 常に最悪まで想定してこそ意味がある。

 それをオルトガンの3兄妹は知っているのだ。

 だからこそ、どこまでも抜け目ない。


 まぁその場合、今回以上に国をあげた大騒動になるのは必至だろう。



 

 セシリアは、思考の中で最後に生まれた「敵対するものには容赦しない」という心だけを、自らの瞳の奥の方に忍ばせた。

 

 その存在は、彼女の目が見えなければ伝わらない。

 必然的にそれは正面の人間にだけ届けられる。


 容赦しないと思ってはいても、その瞳に熱はない。

 それはおそらく、謁見開始前のクレアリンゼの指摘がうまく効いている証拠だろう。




 その一方で、ちらりと見える冷静な敵意の存在に王はハッと気がついた。


 実は王は「強権を振るうかどうかの判断は、最悪後日に回せば良い」と思っていた。

 しかし、彼女の目は確実に今ここでの選択を迫っている。

 

 それこそ先延ばしにすれば、もしかするとどこからともなく新たな問題を引っ張りだして来るのではないか。

 そう思わずにいられないくらいには、セシリアはもう明確に『オルトガンの血族』だった。



 何かを起こすかもしれない。

 それはただの予感でしか無い。


 しかし、もし今そんな事になったとすれば、かなり困ったことになる。



 そうでなくともクレアリンゼが暴露した不正の後片付けでこの先しばらく大変だと想定される状態なのだ。

 これ以上未知の何かが襲ってくれば、一度に対応できるキャパを超える。


 そう思えば、背中を嫌な汗が伝う。



 それに伯爵家とはいえど、オルトガンは侯爵家に匹敵する程の影響力を持つ家だ。

 かの家を精神的に敵に回すと、後々ややこしいことになってしまうだろう。


 今日の一連の対応を見る限り、あちらはどうやら徹底抗戦の構えのようだ。


 良くも悪くも真っ直ぐな血筋なので、あちらから折れる事はおそらくあるまい。

 ならば、これ以上の摩擦を生むのは良くないだろう。


 王はそう考えた。


「……そこまでの言葉が出るほどならば、これ以上セシリア嬢に強制するのは避けねばなるまい」


 それは、実質的な『終戦宣言』だった。


 セシリア・オルトガンをアリティーの嫁にするのは諦める。

 そう言葉に示して告げれば、同時にセシリアの敵意が消えた。


 その言により周りがまたザワリとしたが、もうあまり気にならない。



 今彼女の目に残されているのは、まるで最初からそこには何も存在しなかったかのように澄んだ色だけである。

 その目を見据え、王は人知れず安堵と改めての諦めを吐き出した。


(アリティーの願いを聞いてやれなかった事は悔やまれるが……まぁ今回は仕方あるまい)


 そう思っている王は全く気付いていない。 

 アリティーがどれ程セシリアに執心しているのかを。



 自らもクレアリンゼに対して通ってきた道だというのに、王は全く息子が抱く執着心の深さに思い当たらない。

 だからうまく感情を隠せてしまっているアリティー相手に計画の失敗を「仕方がない」の一言でたやすく流してしまい、その上で「しかし」と不思議そうに言う。


「それにしても変わった娘だ。王族の婚約者を得る事は、其方や其方の家にとっても有益だと思うがな」


 王族との縁を結べる絶好の機会を、普通は誰も断らない。

 クレアリンゼの時は確か「私の人生を捧げられる程の魅力を、貴方には感じないもの」と言っていた。

 が、彼女はどうなのだろう。


 これはそんな、好奇心にも似た素朴な疑問だった。



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