第34話 自由か、それとも飼い殺しか



 彼が苦い顔をしているのは、否定出来ないという事実を忌々しく思っているのだろう。


 しかしそれでも現状が、王族の願いを叶えるべき立場から見ても、派閥に「オルトガン」という有用なコマを迎え入れるという目的から見ても、決して良くない流れだと分かっているのだ。

 だから周りが宣誓書の内容をよく知らないのを良い事に、セシリアの主張をあくまでも『過去の事』として、今こうして処理しようとしている。



 そんな宰相の心の変遷を感じ取って、セシリアは密かにほくそ笑む。

 

 誰かが暗に「所詮は形骸化したものである」と言ってくるだろう事なんて、予め想定していた事だ。

 故にセシリア達3兄妹は、ちゃんと裏取りも完璧にしている。


「宰相様はそれらがさも廃れた慣習であるかの様におっしゃいますが、それは違います。クラウン様との一件から十数年前の出来事を連想したのは何も私だけではありませんし、今の話についても皆何かしらの心当たりはある筈です」


 クラウンとの一件がそもそも『王族案件』にまで発展した理由は勿論噂が横行したからであり、それを誘発したのはセシリア達だ。

 だが彼女らは、今日まで一度もその噂の根幹となった『暗黙の了解』を直接的に示唆する言葉は言っていない。


 勿論誰かに聞かれればそれを連想させる物言いはしたが、実際にそれとこれを結びつけたのは周りである。

 それは即ち、少なくとも一番最初に今回の件と『暗黙の了解』を結びつけた噂をした人物にとってそれは、既に廃れた物などでは無かったいう事だろう。



 同じ様に、貴族の義務への認識も本人たちが無意識なだけできちんと浸透しているものだ。


「先に話した宣誓書の文面については知らなくとも、誰もが一度は『領地を守るために国を守る必要がある』と教えら、また自らも子供に言って育てる筈です」


 これらについては、キリルとマリーシアから得た証言だ。


 領地を発展させることで国に貢献するのが貴族だ。

 領地と領民の事を第一に考えなさい。

 国はたくさんの領地が集まって出来ているのだ。


 たとえどんな貴族でも、一度はそのような言葉を見聞きした事がある。

 悪徳貴族でさえ、どうやら子供に格好をつける時にはそのような事を言うらしい。

 

 たとえ文書の文面は知らなくとも、彼らはみんな子孫へと伝えているのだ。

 私達貴族の中心はあくまでも『領地と領民』である、と。


「貴族はその精神を、これまで口伝してきています。これは廃れた考えではありません」


 セシリアがそう言うと、周りから「なるほど」「確かに」という言葉が漏れ聞こえてきた。

 強い弱いはあるにしろ、やはり誰もが心当たりを持っているのだ。



 まぁキリルとマリーシアに言わせれば。


「周りと話していると『領地と領民を守れ』って教えられるのはうちの家だけなのかなと思わずにはいられない事とか割とあるけど、みんな結構何かに付けてこういう言葉は言ってるよね」

「とは言っても、まるで冗談か言い訳の様に引用するだけですけれど」


 という事らしいが。



 覆せない劣勢に、宰相が歯噛みする。

 そしてアリティーはというと、穏やかな笑顔のままで――固まっていた。


 もしかしたら自分が余計な事を言った事に、今更ながら気がついたのかもしれない。

 が、賽はもう投げられた。

 投げたのはアリティー自身だ。



 固まる彼を置いておいて、セシリアは別の人間をロックオンする。

 難しい顔をした、壮年の男性だ。


「私達貴族はもちろん王族の方々を敬愛していますし、自国の事を愛してもいます。ですから要請にはなるべく応じる準備があるのです。しかしその事とそこに強制力があるかはまた別問題です」


 例えば、セシリアがそれを望んでいるのなら良い。

 そうでなくても、きちんと納得できる理由があれば手を貸すことはするだろう。


 が、それはアリティーと結婚せねば出来ない事なのだろうか。

 答えは勿論『否』である。



 自ら望んだわけではなく、緊急性を要する事象も無ければ、納得もしていない。

 そんな状態で自らの気持ちを曲げる事は、今回は特にしないと決めている。

 断固として、だ。


 しかし。


(お父様とお母様が、そして私がずっと気にしているように、謁見の間での王の言葉は決定事項。『それがたとえどのような内容であったとしても』、そこには絶対的な強制力が発生する。この決まりに例外はない)


 つまり、たとえ宣誓書の内容であったとしても王はこの場でそれを覆す事ができる。

 それこそが、過去の王が自らの信頼を全てベットして勝ち得る事に成功した宣誓書への対抗手段だ。


 

 それは、3代前の王が成した事だった。


 貴族達から反感を買わずに済むギリギリのラインを踏みつつ欲しい結果を得た彼はきっと、バランス感覚の良さという才を持っていたに違いない。

 しかしそれが、今正にセシリア達の前に大きな壁として聳え立っている。



 たとえ貴族の義務ではないとしても、ここで決まればそれは個人の義務として課せられる。

 もしこれが無ければ、セシリアだけでなくワルターもクレアリンゼも、ここまでの道のりをもっと近道出来ただろう。



 それほどまでに、これは厄介である警戒すべき決まりである。


 だからこそセシリアは、言う。


「この国にいる以上、この場での陛下の決定には逆らえません」

 

 視線の先にいるのは一人、難しい顔をした彼女にとっての裁定者。


「私は先程殿下より、『王族としての素質云々は度外視にして』その社交能力を国の為の力とするために私を籠の中に入れて飼い殺しにするのだとおっしゃいました。そんな私に陛下はお命じになられますか……?」


 誇張も虚偽も何もない。

 ただ自身が感じたままの事実を口にし、彼にその判断を委ねる。

 


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