第33話 この国の歴史とルール



 セシリアのそんな言葉に、対するアリティーは何やら怪訝そうな顔をした。

 周りを見れば、この場の大半の者が理解していないと分かる。


 言葉の意味が分かったのは、謁見の直接的な関係者の中ではセシリアの両親と王、そして宰相くらいだし、傍聴席でハッとした顔になっている者もほんの数人しか居ない。


 

 そんな周りの反応に、セシリアは思わず少し呆れてしまった。


(貴族達は知らないにしても、王妃様や側妃様、殿下まで知らないなんて)


 従う側の貴族たちが自らを縛り付けるルールを知らないのは、まぁ自業自得な結果を生むだけなので良いとして、だ。

 縛る側の人間がその根本を知らないのは、ある意味では害悪だ。


(幾ら己を隠す事に長けていて、過去に周りを掌の上で転がしたり他人に命令したりという経験があったとしても、彼は所詮子供なのだな)


 大人である他貴族や王妃達の事を全て棚に上げてしまって、セシリアは目の前のアリティーに対してそう思う。



 それはおそらく、彼女の中の彼に対する評価が気が付かない内に「そのくらいは知っていると思っていた」と思わせるくらいには上がっていた証拠だったのだろう。

 もしかしたらそれは、アリティーにとっては悪い誤算になったのかもしれないが、彼がそれを実感する日は良くも悪くも来る事はない。



 セシリアの言葉に、周りの大半はまだクエスチョンマークを浮かべている。

 だからセシリアは自らの脳に蓄えた知識を彼らに向かって披露した。


「『貴族は領地と領民を、王族は国と国民をそれぞれ庇護・監督し、必要な措置を講じることとする。また王族の要請がある時、貴族は自身の誇りと尊厳にかけてそれに応じるものとする』。これが、この国の『建国宣誓書』第1章第4項に書かれた文面の全てです」


 そう。

 この国における王族と貴族の義務については、建国当時に明文化されている。



 国内におけるそれぞれの立場が背負うべき義務について明記されている文章は、世界的に見るとかなり珍しいと言っていい。

 特に王族と貴族が負う義務や力関係については、殆どが暗黙の了解に従った不可侵だ。


 どこにも明記はされていないが、破る事は決して許されない。

 そのような、まるで見えない壁のような物が両者の間には存在するのだ。


 

 では何故この国ではそれが明文化されているのか。

 その答えはこの国の建国の背景に隠されている。


「皆様も御存知の通りこの国は、戦争によってではなく、当時の周辺有力者達による話し合いの結果興されました。その為、建国を呼びかけた人物を王族に、その他の有力者を貴族にした時、互いに武力や権力による抑えつけを嫌ったのです」


 その結果作られたのが、今話している宣誓書だ。

 この中には『自分たちが団結し協力すること』、『その上で両者の間に選択の自由を持つこと』を前提として、幾つかの守るべきルールが明記されており、第1章ではその前提部分が語られている。



 支配する側としては、勿論下を完全に支配出来ない事に少なからず煩わしさは感じただろう。

 しかし、当時建国の必要性を訴えた彼だからこそよく知っていた。


 もしこの交渉が失敗すれば近い内に、最近戦争への動きを活発化させている周辺諸国に蹂躙される。

 それを防ぐためには周辺よりも大きな国を作り上げ、いざという時には圧倒的な武力で対抗できる様に準備しなければならない。

 その為に、彼らとの衝突で戦力を消耗することは避けねばならなかった。


 これは、『最悪』を避ける為の『程々』なのである。


 

 という考察を、確か過去の歴史研究家がしていた筈だ。


「先人たちは『それぞれの仕事きちんと熟す事」を義務とし、『必要な時には互いに協力する事』を自らの自由意志の下に約束しました。そしてそれは、未だ改定されていません」


 何しろ、現在これらは『国の歴史』に分類される知識であり、法律として認識している者数は少ない。

 周りはこれを「過去の美しい建国秘話」だと思っている。


 だからこそ今まで重要視もされず改定もされていなかったのだろうが、公式文書にて明文化されている以上、『国のルールに相当する』と言っていい。


 それをこの場の誰人してして否定することは敵わない。


 何故ならば、それを否定する事は過去の王族と国の歴史を貶す行為に他ならない事なのだから。


 

 だからそれらを総合して、セシリアこんな風にまとめる。


「それはつまり、私達貴族の義務は領地と領民に対してのみ及ぶものであり、国の維持や発展に尽力しているのはその結果に過ぎないという事です。貴族が国のために動く時、そこにあるのは義務ではなく善意であるべきなのですよ」

 

 もちろん各家が全てを好き勝手にしてしまったら、国が立ちゆかなくなるもある。

 しかし、その為の『誇りと尊厳にかけて応じる』という文句だ。


 貴族は誇り高く、周りからの信用は社交においての武器である。

 それを我欲だけで蔑ろにするのなら、相応の覚悟と意思が必要なのだ。

 つまり、早々気軽に反逆できない。



 しかしそれは、貴族にとってはあくまでも「緊急事態には助け合いましょう」という意味合いでしかない。

 国の損を補う事には精神的強制力が掛けられているが、それと同時に利を生む為に一貴族家の娘であるセシリア個人が義務として何かを迫られる事も、絶対にあってはならない。


 少なくとも、この国のルールでは。


 そんな風に思考を締めくくったところで、避難混じりの横槍が入る。


「宣誓書などと、そのような昔の事を引き合いに出して……モンテガーノ侯爵の一件といい、セシリア嬢はどうやら少し過去に囚われがちな嫌いがあるな」


 それを挟んだのは、やはりと言うべきか宰相だ。


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