第32話 私にそんな義務は無い
セシリアの言動を煽りと受け取った一部の貴族が、「無礼だ」「生意気だ」と騒ぎ始めた。
しかしセシリアからすると、そんなモノなど別に痛くも痒くもない。
むしろ、ここから「そんなやつに妻になる資格を与えてはならない」などとなれば上々。
そうならなくとも、オルトガン伯爵家が元々一部の貴族達からその様に評されている事は知っている。
社交相手はそういう面も承知の上で、利を取ってこちらと交流しているのだ。
社交に大した影響は無い。
そうと断見できる以上、セシリアが慌てることはない。
それにそもそも、そんな言葉を引き合いに出したのはアリティーの方だ。
まさか自分からその言葉を使って聞いて「否定しないから『無礼だ』」なんて、少なくともセシリアの中の常識的には、そんなのあまりに理不尽だ。
その上、別の確信もある。
(もちろん彼が持つ権力が、私をそうやって押さつける事を可能にする代物だという事は分かっている。でも、彼は絶対にそうしない)
だってこの問答を、彼はどこか楽しんで切る節があるのだ。
そんな彼がその楽しみに自ら水を差す事はしないだろうし、邪魔される事も嫌うだろう。
万が一誰かが何かを言ったところで、勝手に牽制してくれる。
案の定、彼は私を咎めることはしなかった。
他の王族もそんな彼を尊重してか、セシリアには何も言ってこない。
その代わり、アリティーは大げさな動作で顎に手を当てる。
そしてこう呟いた。
「ならば致し方ない」
それが「仕方がないから諦めるか」という意味では無いことなんて、彼の顔を見ればすぐに察っせられた。
だから次にこんな事を言われたところで、驚きはしない。
そう思っていたにも関わらず、セシリアは不覚にも少し驚いてしまう。
「セシリア嬢、私はお前を買っている。その手腕は、国の為にこそ使われるべきなのだ」
驚きの対象は、彼が放った言葉でもなければ、表情でもない。
聞こえてきたその声に、だ。
彼のソレは『相手を従わせる声』だった。
穏やかでいて、明らかに命令し慣れている。
そんな声を発する彼に、セシリアは「そこまでだったか」と感嘆混じりに警戒した。
そして自身の中の彼の危険度を、一段つり上げる。
その声のせいなのだろうか。
つい先程までざわめいていた室内が、すぐさまシンと静まった。
大して声が大きかった訳でもないのに静かになった場の雰囲気は、例えば為政者を前にした時に能動的に道を譲る、そんな民衆達と似ている気がした。
それは彼の武器であり、セシリアからすると間違いなく今日最大の障害になる事だろう。
そんな声で、彼は言う。
「私はまだ、お前の好意を勝ち得ていない。それにはこちらも頷こう。しかし、それとこれとは話が別だ」
少し前のめりになっていたその体制から、彼は一変背凭れに体重を預けて足を組む。
「初の社交界である本年度、お前は多くの人脈形成に勤しみ、それを成した。お前の手腕はこの先ますます磨かれるだろう。ならばそれを国の為に使え。それが貴族の義務だろう?」
そう言って、彼は笑った。
彼に自信がある事は、その言動を見れば十分よく分かる。
しかし、自信ならばセシリアだって負けてはいない。
「それはつまり、殿下との婚約を『私自身の義務として成せ』という事でしょうか?」
確認のためにセシリアは、そんな風に問い返す。
すると彼は勝ち誇った笑みで私を見下ろしこう告げた。
「俺は最初、お前の気持ちを尊重したくて『提案』という形を取った。が、国のために尽くす事は感情よりも優先される。それが王族としてのあり方だと言ったのはお前だ。ならば俺も、そうべきだ」
ただの確認だったのだが、彼はどうやら「強制された事に対して異議を唱えられた」と思ったらしい。
お前が『国』を持ち出して盾とするなら、こちらはそれを矛にしよう。
そんな声が今にも聞こえてきそうである。
しかし、彼が一体どういう思惑で理由まで告げたのかなんて、どうでもいい。
つまり彼は「お前も貴族の端くれならば、『国』のために俺に従え」と、そう言っているのである。
その言い分と、それが『貴族の義務』に基づいていた考えである事が分かれば十分だ。
これは正に「国のため」という大義名分の元、我欲にまみれた強権発動を行ったという事に他ならない。
言っている事は真っ当に聞こえるが、その実目に征服欲が見えているのだから間違いない。
セシリアは、この事態を決して良いものだとは思っていない。
しかし同時に悲観もしていない。
彼は確かに権力持ちだが、この場で最も高い権力を持っているのは、王である。
王の言葉が決定事項になるこの場所での彼の言葉は、王や傍観者達が耳を傾ける材料にはなったとして、決定事項ではあり得ない。
目の端で周りの様子を確認すると、傍聴者たちの大半が納得の方向に心を傾けはじめている事が分かる。
セシリアの今年の言動は、その年齢も相まって確かに多くの目を引いた。
その実績が周りを「王子の婚約者にふさわしい」納得させる程だったのなら、知名度と先程の将来性を見据えたアリティーの言葉に感化されるのも頷ける。
しかしセシリアは、それでもやはり屈する気はない。
そもそも彼は、間違っている。
「――いいえ殿下、私にそのような義務は存在しません」
「……何?」
『貴族の義務』以外の事には煩わされたくない。
そう常々思ってきたセシリアだったからこそ、自らの背負うべき義務の内容は熟知している。
だから自信を持って言えた。
私にそんな義務は無い、と。
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