第31話 王族の素質




 そう思えば、思わず口から深いため息が漏れそうになった。


 しかしそれを、ギリギリの所でどうにかして飲み込み切る。


 

 アリティーは、確かに面倒な存在だ。

 しかしセシリアだって、伊達に『オルトガン伯爵家の令嬢』をやってはいない。


 父親譲りの『頑固さ』と母親譲りの『しなやかさ』、セシリアはそれら双方を受け継いだ、立派な貴族の端くれだ。


「――私は別に、恥ずかしいからという理由でお断りしたのではありません」


 セシリアは、アリティーを真っ直ぐに見据えてそう告げた。

 

 大丈夫。

 例えどんなに相手が面倒だったとしても、例えどんなに相手に苛立っていたとしても、セシリアはちゃんと社交の仮面を被る事ができる子だ。

 だから顔にはあくまでも、穏やかに見える微笑を張り付けている。



 その上で「しかし」言って言葉を続けた。


「もし私が今殿下が仰ったような理由で殿下のお言葉を断るような我儘な人間なのだとしたら、やはりそのような者は、殿下のお側に相応しく無いと思います」


 我儘。

 セシリアがそう称したのは「もし私に殿下からの話を受けるつもりがあるのなら」と仮定をした上で『恥ずかしいから』などという理由で殿下を煩わせいるのなら、それはもう我儘としか言い表す事が出来ないからだ。


 だってそうだろう。

 殿下に嫁ぐという事は、つまるところ王族の一員になるという事。

 そうなれば目立つ事も仕事の一つだ。


(なのにそれが嫌だなんて、仕事をしない穀潰しにでもなるつもりなのか)


 そんな風に思った時だ。

 

「そのくらいの我儘なんて可愛いものだろう? むしろ我儘を言う程甘えてくれて嬉しいくらいだ」


 殿下は何故か、そう言って頬を緩ませる。


 そんなアリティーに、セシリアは首を横に振った。


「いいえ殿下。先程殿下ご自身が仰った通り、王族の婚姻は大切なのです。それをただの我儘で引き延ばしにするような人間を許容できる筈がありません」

「それでも私は気にしない。第一、妻の我儘を聞いてやるのは夫の甲斐性だと言うし」


 今の自分の言動に周りがどんなに苦い顔をしたのかが、彼にはおそらく見えていない。


 この王子は、普段は頭や口が回るようなのにふとした瞬間に視野が狭くなる。

 その基準がどこなのか。

 セシリアにはまだイマイチ読めないが、今大切なのは今が正にその瞬間だという事だ。


 タイミング的にはこれ以上のベストは無い。

 だからセシリアはしっかりと視線を外さずに事実を突きつける。


「殿下が気にしなくとも、周りがそれを許しません。これは周りが狭量なのではなく、そうであるべき事なのです」


 そうやって『周りの目』を口にすると、彼はどうやら少し頭が冷えたようだ。

 ハッとしたような顔になり、少し考えるような素振りを見せる。


 その隙に、セシリアはまた畳み掛ける。


「王族とは国の為に生きる義務を持つ一族です。ならば、そこに嫁ぐ人間はそれと同じく国の為に尽くせ無ければなりません。それが出来ない人間が殿下の妻になる事は出来ないのです」


 だからどうぞ、そんな人間は捨て置いてください。

 セシリアは冷静な眼差しでそう言い切った。



 それを聞いた彼の目には、まず驚きの色が浮かび上がり、すぐに悔しさ混じりの納得が過った後、最後には何が面白い物でも見つけたような色へと様変わりする。


「それだけ王族の素質について語れるのなら、十分に王族の仲間入りをする素質もあると思うんだなが」

「私は今しがた『その気は全く無い』と申し上げたばかりです」


 ここまでアリティーが広量を示しているにも関わらず、ここまで頑なな応じ方をする。

 そんな彼女の姿は周りに、十分な意思の硬さを示した。


 そしてそれは、アリティーも感じた事だったろう。

 少なくとも「今この場でアリティーからの『提案』に首を縦に振るつもりはない」という事は分かった筈だ。


 しかしどうやらその程度では、彼を引き下がらせるには不十分だったらしい。


「それはつまり、もし私がお前の『その気がない』という言葉を信じるのなら、これが提案である以上お前の気持ちを廃する事は望ましくない。一方、もし俺が自らの考えを信じるのなら、そんな我儘で王族を煩わせる様な娘は王家に汚点を残しかねない。即刻排除するべきだ。だから結局、お前は私の妻にはならないし、なれない。そういう事か?」


 外面的には、彼は相変わらず人当たりの良さそうな微笑を湛えたままだったが、その目の奥には好奇心と悪戯心を煮込んだような言葉選びが随所に散りばめられている。

 どう考えてもセシリアの反応を見て面白がる気、満々だ。



 そんな彼にセシリアは、それはもう胡散臭いくらい華やかに微笑んで言う。


「はい、殿下」


 それは、聞き違え様もない短かさと明確さだった。

 別に意識してそうした訳ではなかった。

 その為そこに相手を煽る意図は無く、あくまでもここまでセシリアが敢えてオブラートに包んできた言葉の本質を明確に示してみせた彼に対して頷いただけである。

 

 しかし、それと周りの人間が同じ様に理解してくれるかどうかはまた別だ。


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