第30話 成るべくして



 笑顔は崩さなかった所は、評価に値する。

 しかしその実、彼の今の内心はおそらく穏やかではないだろう。



 彼を静かに観察しながら、セシリアはこう思考する。

 

(彼は何も馬鹿ではない。むしろ頭は回る方だ。しかし、だからこそ彼は身動き出来ない)


 周りから自分の言動がどう見えるのか。

 今したい事が、周りにどんなイメージを与えるのか。

 それを想像し、上手く立ち回ろうとしてしまう。


 そんな注意深さは、彼本来の性質なのか。

 それともなるべくしてそうなったのか。

 どちらにしても、だ。


(『公の場において』という条件付きで言えば、私にとってこれ程読みやすく、操りやすい相手も居ない)


 そんな風に独り言ちた。


 

 彼は確かに一度押し黙った。

 しかし訪れた沈黙も、ほんの一瞬の事だった。

 彼はすぐに自分を立て直し、まるで何事もなかったかのようにスルリと話題を変えみせる。


「それでセシリア嬢。先の話題だが、私は君との婚約を望んでいる。受けてはくれないか?」


 先程とは打って変わって、今度はあまりにストレートすぎる物言いだ。

 動揺と好奇に周りは大きく揺れる。

 

 が、そんな中に居て当事者2人は実に静かだ。



 回りくどい戦法はおそらく不利だと、そんな風に悟ったのだろう。

 その思い切りの良さと度胸には、拍手したい。

 が、ただそれだけだ。


(幾ら外堀を埋める事も小細工も効かなかったからと言って「ならば今度は真っ向勝負だ」なんて)


 しかもその問いの答えは、先程既に告げている。

 彼自らが口にすれば、答えは変わるとでも思ったのか。

 しかし、そこに望みをかけて強硬策を取った彼に、勝ち目なんてある筈がない。


「私には過ぎたお話です」


 先程王に言ったのと同じ言葉を、私は再度彼に贈った。


 

 これがれっきとした断り文句である事は、おそらく彼にも分かっただろう。

 しかし分かるとの解るのはまた違う。


「そんなに照れなくても良いじゃないか。王族である私との婚約は国の大事だ。いずれはこうして公衆の面前で宣言されるべきだろう?」


 一体どこをどう解釈したら、今のが恥ずかしがっての遠慮に聞こえたのだろう。

 彼の言葉を聞いたセシリアは、そんな思いと共に思わず脱力しそうになった。


 あまりに謎展開過ぎて、流石のオルトガン三兄弟もそんな想定はしていなかった。


 幸いにも「食い下がる可能性」への対処法がそのまま使えそうではあるが、それでも与えられた動揺が大きい事には変わりない。


(あまりにも、こちらを見ていなさ過ぎる)


 相手には、こちらの意図を正しく汲もうという気持ちが全く感じられない。

 

 おそらく、彼の中ではもう既に『私が取るべき言動』が全て決まってしまっているのだろう。


 こういう言葉を返した時は、こう思っている筈だ。

 彼はそうやって、セシリアの言葉を解釈する。


 そしてその傲慢さは、おそらく彼の『自分の欲しいものは全て手に入って当然』という根拠の無い自信に裏打ちされている。


 一周回って思わず感心してしまいそうなくらいの自信のあり方だ。


(まぁ実際、これがもし私や私の周りに降り掛かる災いではなかったのなら、感心もしたかもしれない)


 そんな風に思いながら、内心で苦笑した。



 が、ここではたと思い当たる。


(他の人達は、この現状をどう思っているのだろう)


 少なくともセシリアはこの現状を、「自分が意図しない解釈の元、必要の無いフォローを受けている」と認識している。

 それはセシリアの周辺も同じだろう。


 しかしアリティーの周りはどう解釈しているのか。

 そんな疑問が湧いたのだ。


 しかしそう思って彼の隣に目をやって、セシリアはすぐに後悔する事になる。



 アリティーの隣には、彼の母である王の側妃が座っていた。

 その母親の目が、アリティーによく似た妄信の色に染まっていた。

 その事に、思わず驚愕と落胆を抱く。



 落胆して始めた、セシリアは自分が実は期待していた事に気付いた。


 立場上、彼を嗜められる人間は少ない。

 その筆頭が彼の母だ。

 だから彼女に、心のどこかで期待していたのだろう。


 彼女は何も恥ずかしがって求婚をじたいした訳ではないのだ。

 そう言ってくれるのを。



 自分でも気が付かない内に、そんな事を考えていた。

 その事に思わず笑って、それから改めてセシリアは彼の母親を観察してみる。


 そして分かった。


(なるほど。どうやら彼の思い込みが深い所は、母親から受け継いだらしい。そしてその母は今、私を品定め中、と)


 そう独り言ち、考える。



 彼女も同じく「自分が望んだものは必ず手に入る」と、信じて疑っていない。

 その上で品定めしているのだろう。

 セシリアが、自分の息子に相応しい女なのかを。



 しかし、それにしてもアリティーという人間は遺伝的に余程恵まれなかったと見える。


 父親譲りの『咄嗟の時の感情任せな言動』と、母親譲りの『自己盲信』。

 受け継いだ悪癖の組み合わせが最悪だ。


 その上彼は、その両者を存分に振るっても許されてしまう『第二王子』という肩書と、その本性を覆い隠せるだけの技量を持っている。


 それだけの材料が揃ってしまえば。


(正に『成るべくして成った』というわけか)


 今までも「出来る事なら関わりたくない」とは思っていたが、その気持ちが今一層強くなる。


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