第29話 アリティーとセシリアの攻防戦



 セシリア達3兄弟は、例の如く兄妹のお茶会だ。

 目的はもちろん、『今日の計画の最終詰め』である。


「当日は一緒にいられない。だから代わりに、練った策を持っていって」

「一ミリの抜け目もない、完璧な想定と対策を作りましょう」


 好奇心とちょっとした復讐心に目をギラつかせながら2人はそう言い、強く笑う。

 こうなった時の2人ほど、頼もしいものは無い。



 セシリアもそれに頷き、この後3時間にも及ぶ作戦会議が繰り広げられた。

 全てを想定し、一つ一つ存在する抜け道を塞いでいく。


 地道を極めるその作業を、しかし3人は何の苦もなくこなして見せた。


 そしてそうやって立てられた計画は、今のところ順調に推移し続けている。

 全ては掌の上も同然だ。




 そんな事とは思いもしない国王は、セシリアが作り出した世界の中で、気を取り直すようにコホンッと一つ咳払いをする。


「つまりお前は、『アリティーもお前も、互いに互いを特別視してなどいない』と言いたいわけだな?」


 まるで確認するかのような声である。

 が、その端にセシリアは、王さえ気付かぬ小さな罠を見つけ出す。


「勿論『王子である』という一点においては、殿下の事を他と分けて考えています。しかしそれは、あくまでも明確な身分の差が生んだ区別。そこに特別な感情は何もありません」


 同じ『特別視』にも、色々な種の物が存在する。

 例えば、敬う事と愛する事。

 これらは互いに周りからよく誤認される二つだろう。



 間違われては困るからと、セシリアは先回りして釘を刺す。

 その物言いに理解を示して王が「うむ」と頷いた所で、一つ横から横槍が入った。


「――陛下」


 それは、セシリアがよく知る子供の声だ。


「何だ、アリティー」

「私にも少し、この場でセシリア嬢と話す機会をお与えください」


 そう申し出たアリティーは、声も表情も実に穏やかなように見える。

 しかしセシリアは騙されない。


(目の奥が、笑っていない)


 瞳の奥に灯る光は、さながら狙いを定める猛禽類。

 獲物を見る猛獣の目だ。



 正直言って、彼の登場をセシリアは今、面倒臭く思っている。


 大人しく最後まで傍観者で居続けてくれれば、どんなに楽だったことだろう。

 が、同時に「この時を待っていた」とも思うのだ。


 何故ならば。


(公衆の面前で殿下の言葉を全て却下し、今後の生活の安全確保と諸々の意趣返しを成す。その為に、この場はとてもうってつけだ)


 直接対決が出来れば、その勝敗をより分かりやすく内外に示すことが出来る。

 だからこそセシリアは「面倒だな」と思いながらも、この時を待っていた。


 

 事態が思い通りにならない現状に焦れて、姿を見せた黒幕。

 そう言えば何ともお粗末に聞こえてしまう。


 本当の黒幕ならば、真っ直ぐに『暗躍』を選ぶ。

 少なくともこんな場でターゲットの前に立ちはだかる彼の行為は、セシリアから言わせれば仁王立ちで「私が黒幕である」と宣言しているようにしか見えない。

 実に滑稽だ。


 黒幕としての能力はあるのに、大切な所で自制が効かない。

 おそらくそれが、彼の不完全さの一端であるのだろう。


 

 そんなアリティーの要望に、国王は二つ返事で頷いた。

 それにまず「ありがとうございます」と礼を述べ、スルリ視線がセシリアを向く。

 そして静かにゴングが鳴った。


「やぁセシリア嬢、先日ぶりだな」

「ご無沙汰しております、殿下」

「そんな風に言われてしまうと、何だか急に距離が開いたように感じて少しばかり寂しいのだが……」


 セシリアが『王族』に敬意を表した物言いをすると、彼は少し困ったような、悲しげな目を向けてきた。


 シュンとしたその声形は、ひどく庇護欲を唆るには十分だ。

 しかしセシリアは「早々に攻めてきたな」と心中で思う。



 いつもと比べると、明らかに努めて気安い第一声。

 そして事務的な対応をしたセシリアに向ける、「ちょっとショックだ」という態度。

 

 そのどれもが彼の作戦で、演技である。


 

 確かに上手く化けている。

 が、ギラつくその目は誤魔化せない。


 目は口ほどに物を言う。

 だからその奥に宿る光まで制御できてこその、完璧な擬態。


 それを完璧に成すにはまだ、彼は些か実力不足だ。

 そしてこの綻びは、他の人間ならばともかく、セシリアが気付かない筈がない。


「――またお戯れを。私達は元からこのくらいの距離感ですよ」


 ふんわりと微笑みながら、キッパリと否定する。

 すると彼も、笑顔を作り「いやいや、そんな事は無いだろう?」と柔らかく言う。


 しかし例え物腰が柔らかくとも、言っているのは「俺達は特別に仲良しだよな?」なのである。

 セシリアが頷く訳が無い。


「そもそも私は、他の子女達とだってもっと近い距離で――」

「ならば他の方々との距離の方が、私などよりも余程近いという事なのでは?」


 食い下がった彼を再度拒絶すれば、「流石に二度も食い下がっては外聞が悪い」と思ったのか。

 彼がグッと押し黙る。


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