第28話 優しい本音に押し上げられて



 相手は今回、必ず引くことだろう。


 何故ならば。


(そんな事こんな公の場で、しかもまさか同派閥でもない他人の子供に対して厳命などできる筈もないのだから)

 

 それに何より、今彼はこの交友関係をアリティーとセシリアを繋ぐ為の材料にしたいのだ。



 保守派の有力な友人ばかりを懇意にし、アリティーとも交流があるのだ。

 彼の隣に立つ事には何の問題も無いだろう。


 そういう理由でこちらを引き込もうとしているのに、その為の糸口をむざむざ捨てる事など、彼は絶対に出来る筈がない。



 これは権力を使った交友関係のゴリ押しか。

 そう言ったセシリアに、まさかそう来るとは思わなかったのか。

 宰相は返す言葉を探す為にほんの少し押し黙った。


 その隙を突いて、セシリアは『保守派』びいきの噂に一応一石を投じておく事にする。


「それに、宰相様。私が特に仲良くしている相手というのなら、お一方足りていないように思います」


 そう言ってセシリアは、まるで皆の視線を誘導するかのように、ゆっくりと視線を横に流す。

 その先に居たのは、クラウンだ。



 戦闘用の優しげな笑み。

 しかしそれを見抜ける者は少ない。

 そしてそれを暴く事は、クラウンには無理だった。


 その表情のセシリアの目が合ったせいで、クラウンの頬は少し桃色に色付く。

 しかしそんな彼を置いて、セシリアは自らの戦場で戦うのだ。


「私の『特に親しいお友達』にクラウン様が名を連ねている限り、私が必ずしも『保守派』寄りの人間ではないという事は、皆様にも良くご理解頂けると思うのですが、如何でしょうか?」


 王に視線を戻してセシリアはそう言った。

 しかしそれは、彼にだけ向けた言葉などでは無い。

 この場の全ての人々に向けられたものだ。



 クラウンは、『革新派』重鎮の子息である。

 例え現在モンテガーノ侯爵家が派閥内で影響力を落としていても、その事実は変わらない。


 そんな相手とも、テレーサやレガシーと同様に交友関係を築いている。

 その状態でセシリアを「『保守派』寄りだ」と論(あげつら)うのは、少々無理が過ぎるだろう。


 しかしそれに、宰相が追い縋る。


「それは、今回の召喚理由の事もあります。内外に両家の仲を示す必要がある。そういう政治的要因が――」

「まぁ、ひどい!」


 また罠に掛かった。

 そんな思いを抱きながら、セシリアは自らのポテンシャルを信じる事にする。


 自作の筋書きに対して最大限の感情移入をする。

 それが次の策を成す為の、最低現の条件だ。


「宰相様は私がクラウン様と『仲の良いフリをしている』と、そんな風に仰るのですね……?!」


 そう言いながら、セシリアは大いにショックを受ける。

 そしてまるでこの世の悲しみを全て背負ってしまったかのような痛々しいを浮かべ、「私はただ友人との心からの交流を図っていただけなのに」と、震える声でそう漏らした。



 涙は絶対に流さない。


 この後もセシリアは、まだ論じなければならないのだ。

 泣いた後ケロリとして会話を続ければ、どれだけ巧妙に演技をしてもその事に気付かれてしまうかもしれない。


 しかしだからといって泣きの演技を続けていれば、時が来た時にトドメを刺す事は出来ないだろう。

 

 今回の一番の目的が「キッパリと断る事」であるという事を、セシリアは絶対に忘れない。


 それ故に、今の最適解は『今にも泣きそうな顔』なのである。

 それが最も効率的だ。


「……そのような噂がある事は、私も聞き及んでいました。しかしその噂は、あくまでも一部の『保守派』陣営の方々が発端のもの。そんな憶測を、まさかこんな場所で出してくるなんて……」


 ひどいです。

 もう一度言いながら、セシリアはその目に溢れんばかりの涙を溜めた。



 因みに今サラリと告げた、噂の出どころ。

 これについては、出来る限り真実を元に攻めたい性格のセシリアだ。

 既に裏が取れている。


 調べたのは、セシリア自身だ。

 そのくらいの情報追跡くらいなら、今年作ったばかりの交友関係でも十分に成せる。




 憂いに帯びたペリドットの瞳。

 華奢な細指を胸の前で組んで告げられた心の叫び。

 計算されたそれらの演技は、彼女の整った容姿も相まり周りを引き込むには十分な引力を持っていた。


 それこそ。


「セ、セシリア嬢、泣かないでくれ! 誰が信じなくても、俺はお前が俺を友人だと思ってくれているという事を、ちゃんと分かっているんだから!」


 王の御前である事を忘れたクラウンが、思わずそんな声を上げ、オロオロとした様子で私も見ている。


 間にワルターとクレアリンゼを挟んでいる為、彼の慰めの手が私に届く事はない。

 しかし「その涙を拭ってやりたい」という彼の気持ちは、セシリアの所までストレートに届いた。


 そんな彼にほんの一瞬、セシリアは申し訳なさを感じる。

 しかし彼の本心からの優しさは、間違いなくセシリアに追い風を齎した。

 

「クラウン様……ありがとう、ございます」


 涙目のまま、驚いた後で頬を緩める。


 そうすれば、ほら簡単。

 周りは一気にセシリアとクラウンの友好を応援する空気になった。


 しかしそれは同時に、宰相の旗色の悪さを示してもいる。

 彼が慌てるのは必然だ。


「なっ! そんな姑息な演技をして――」


 自身の不利を挽回すべく、彼は真実に手を掛ける。

 が、その手は最早、届かない。


「宰相、あまり幼子を虐めてやるな」


 そう言ったのは、誰でもない王だった。

 その制止に宰相は、一層の焦りを胸に抱く。


「っ! しかし陛下、これは間違いなく演――」

「見苦しい」


 クレアリンゼが「演技上手だ」という事は、貴方も分かっている筈だ。

 ならばその娘が同じ才を発揮しても、何ら不思議などではない。

 

 ピシャリと王に止められて、宰相はそれらの言葉を全て飲み込まざるを得なかったようだ。


 歯軋りをする彼からは、「過去にその被害に遭った王ならば、誰よりもよく知っている筈なのに」という声が、今にも聞こえてきそうである。



 宰相から向けられた鋭い視線に、しかしセシリアはまだ動じない。


 今の彼は、どうせ心の中で悪態をつく事くらいしか出来ないのだ。

 そんな相手、怖くない。



 しかしセシリアがここまで強固な精神で居られる理由は、何も彼女1人の功績ではない。


 セシリアの裏には、彼女の兄と姉が居るのだ。


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