第27話 掛かってほしくはなかった罠

 いつもそのメンツになった事の真相は、何の事はない。


 セシリアが声をかけられる前に殿下から逃げ、レガシーの隣に陣取った。

 アリティーはそれを追ってきたが、レガシーは席を立たなかった。


 ただそれだけの事である。



 むしろレガシーは何度か事前に退席しようと試みていたが、セシリアは何度か止めてさえいた。

 それに殿下自身からも、最初の方はセシリアにだけ分かる程度で「邪魔だ」という気持ちが漏れていた。

 結局は消失したが、それは諦めによる物だった。

 

 今この場に居て、尚且つその真実を知っている者は、セシリアとアリティーだけだ。

 そしてセシリアは勿論アリティーも、この場でそれを口に出す程愚かではない。


 セシリアは今、感激に満ちた外面で「流石は殿下です!」と高らかに告げ、周りもそれに「おぉ流石」という顔をしている。

 そんな状態で「否、それはただ女の尻を追いかけていただけだから」などとは言える筈も無い。



 それに、だ。


「確かに殿下は、私達の挨拶を毎回全て受けてくださった」


 漏れ聞こえてきたその声が示す通り、セシリアが謳った『殿下の平等性』は一種の事実だ。


(おそらく「あまり顕著に差をつけるのは対外的に良くない」と判断して、そういう対応をしたんだろうけど)


 その結果、私への行為は一層『特別扱い』にはならなくなった。



 彼の当時の言動は、ちゃんと最善策だった。

 しかしそれさえも、セシリアは利用する。

 そしてそれが、セシリアへの周りの理解に繋がった。

 これは、ただそれだけの事である。


 そして、セシリアは自身の防衛と次なる布石も忘れない。


「それに今年は、私もたくさんのご令嬢や御子息とお話をさせていただきました。皆様も『殿下同様に』良くしてくださり、とても楽しく社交をさせていただいております」


 セシリアからしても、殿下の事は数多の人脈形成の一部だ。

 セシリアは暗にそう言った。

 

 こちらも、なにも嘘ではない。

 

 子女だけではなく、大人達にもその人脈を広げている。

 その実績は、この場に居るほぼ全てが認める所だ。


 それほどまでにセシリアは精力的に動き、事実として今年の社交界を彩る噂の一つにもなった。



 そういう話も、王は知っていたのだろう、「ふむ」と少し考え込む。

 するとここで宰相が、すかさず口を挟んできた。


「それについては私も聞き及んでいます。中でも最近特にセシリア嬢が仲良くしているのは、セルジアット子爵家のレガシー殿。そして我が姪・テレーサ、ですよね?」


 それはセシリアが、自ら張った罠だった。

 

 皆平等に仲良くしている。

 そう示す事で『必ずしも全員が平等ではない』と反論させる為の罠だ。

 


 こんな風に友人の名が論われる事は、最初から分かっていた。

 だからセシリアは、それを後悔出来る立場ではない。

 

 しかし、たがらといって怒ってはならない事にはならない。


(私の友人の名をこの場で政治の道具にしようとした事を、貴方に後悔させてあげる。その様子を見る限り、貴方もこの召喚に少なからず加担している様子だし)


 それが確信できれば、やる気は先程までの2倍だ。

 しかしそんなセシリアに気付かない宰相は、自身の今回の本懐を遂げようと饒舌になる。


「『保守派』きっての研究家一族と、筆頭家一族の子息令嬢。それもこれも全ては殿下との事を先に進めるための足掛かり、つまり根回しと人脈作りの為なのでしょう?」


 もう隠す事はありませんよ。

 貴女はここで、ただ頷けば良いのです。


 そんな心が、表情から見え透いていた。


(おそらくは、殿下から派閥内での地位の確立や自分が王位を継承した場合の重用の保証でもされたのか)


 例え派閥筆頭家であるテンドレード侯爵家の血を継いではいても、所詮宰相は当主ではない。


 今は別の家に婿養子になった、一介の貴族なのである。

 現在宰相という職に就いているが、否、就いているからこそ、おそらくは更なる躍進と地位の保障を求めている。


(まぁ彼にそれくらいの野心がある事は、今日の一部始終を見ているだけで十分分かった)


 普通宰相は王から一歩下がった言動を取る。

 なのに彼は、王の横から度々口を挟んでいた。


 セシリアから見れば、あれは『自分の利を待つつも王の為に手柄を立てて褒めてもらえる様に振る舞おうとしている』様にしか見えなかった。

 

 

 宰相が、自らの思い描いた手柄を前に、ほくそ笑んだ気配がした。

 が、セシリアはやはり動じない。


 あまり引っかかって欲しくはなかったが、罠を張ったのだ。

 まさか想定外だった、などと言う訳がない。


「宰相様、ただの憶測だけでそんな風に言われると、私も困ってしまいます」


 セシリアは分かっていた。

 必死に否定するのは愚策だ、と。


 強く否定すればする程、それっぽく聞こえてしまうだろう。

 しかし否定しないのも論外だ。

 ここでの無言は『肯定』に化ける。


 ならば取るべき選択肢は一つしかない。


「仲良くなった方が偶々『保守派』だっただけで、私には他意はありませんよ?」


 穏やかに、苦笑しつつ困惑を告げる。

 これが最善だ。


 それに、だ。


(そうする事で、暗に「そんな憶測で子供を追い詰めようとするなんて」と告げ、宰相様を煽る一方周りに同情を求める。これにはそういう作用もある)


 正に一石二鳥……どころか三鳥にもなる作戦だ。

 しかし更なる追撃も忘れない。


「あぁ、でももし今のお言葉が『2人との交友関係を厳命する』という意味なのでしたら、私には立場上、それに逆らう術はありませんね」


 そう言って、今度はションボリして見せる。


 

 これらは全て「その気もないのに『保守派』の地盤固めをし始めたと勝手に誤認されてしまった」という建前を元に組み立てた言葉達だ。


 勿論これはあえての誤認で、私自身はそんな圧力になど屈しないし、彼らの事をただの友人として好きだ。

 誰になんと言われようとも、彼らのと心からの交友をこちらからぶった斬るつもりは無い。


 が、先程の宰相の物言いは、明らかに「俺の言葉に従え」と言っていた。

 ただ口にしないだけで、その圧力には誰もが少なからず感じた筈だ。


 私はまだ忖度を知らない1人の子供として、『思わずポロッと』感じた事を口にした

だけである。


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