第26話 まず論外



 現在この謁見の間には、様々な思惑や期待や嫉妬や驚きが詰め込まれている。

 しかしその中心に居て、それでもセシリアは全く動じていない。


 今日までの3日間、セシリアは様々な想定と準備をしてきたのだ。

 そんな彼女にとって、今は好機。


 相手を自分から引き剥がす、そして今までの事をやり返す。

 その為の絶好の機会でしかないのである。

 

 だから、言う。


「その件について、私は先日アリティー殿下に直接辞退の意を申し上げました。その気持ちは、今も変わりません」


 セシリアがキッパリとそう告げると、周りは動揺とも好機とも取れるどよめきに包まれた。

 しかしその一方で、王は心底不思議そうな顔をする。


「しかしお前は、近頃アリティーと頻繁に茶会などで和やかに話をしていると聞く。2人の仲は良好なのだろう?」


 その言葉を聞いた瞬間、セシリアは何だかひどく殴りたい衝動に駆られてしまう。

 王を、ではない。

 おそらくそんな的外れで見る目の無い報告をした第三者を、だ。

 

(一体誰から聞いたのかは知らないけど、アレを見て、一体何処をどう解釈したらそうなってしまうのか)


 あれだけ敵意を向けられる事を覚悟で、あくまでも表面上は取り繕いつつその実思いっきり邪険にしていたというのに。

 

 ほんの一瞬「上手く擬態をし過ぎたのか」と己を顧みたものの、そんな心配は無用の筈だ。

 何故ならば。


(アリティーの側近のあの男は、確かに気が付いていた)


 だから度々、彼からは鋭い苛立ちと嫌悪の視線が向けられていた。

 あそこまで顕著な反応を、まさか取り違える筈もない。


 それに、王はまず前提を間違えている。


「陛下。お言葉ながら、私は殿下がどうこうという次元の話をしているつもりはありません。そもそも私は、王族と縁を結ぶつもりが無いのです。たとえどんな形であれ、です」


 アリティーが王族である限り、私は彼の側に置かれる気など無い。

 それがセシリアの本心だ。



 セシリアには、常々抱いている願いがある。


 自分の興味を向く事以外には、なるべく関わらずに過ごしたい。

 面倒は全て避けたい。

 それでもしなければならない事なら、せめて効率良く片付けたい。


 だから貴族としての義務は成すが、その範疇を超える事には絶対に首を突っ込みたくない。



 アリティーと関わる事は、その範疇を軽く超える。

 

(彼に関わりたいとは思わないし、関わって欲しくもない。今までも、そしてこれからも)


 それがセシリアの、偽りのない本音である。



 ちなみにだが、セシリアが放ったこの言葉には大きな弱点が存在する。

 

 セシリアは王族であるアリティーを「まず論外だ」と言っているのだ。

 ならば彼が王族では無くなれば、話は別だ。


 しかし例え「まず無いだろう」と思える可能性だとしても、今のセシリアは油断しない。



 もしその様な形になったら、その時は彼を『1人の人間として』拒絶する。


 セシリアは「王族は論外だ」と言っただけで、何も「王族でなくなれば吝かではない」などとは一言も言っていない。

 

 

 しかしそんな思いを全て込めて告げた言葉は、どうやら周りを説得し納得させるには至っていない。

 それどころか、むしろ皆「この娘は一体何を言っているのか」と言いたげだ。


 幼いが故に、彼女は王族に懇意にされる事の意味を分かっていないのではないか。

 そんな呆れの気持ちさえ伝わってくる。


 控えめに言って状況は、セシリアにとっては向かい風だ。



 しかしそれでは少し困る。

 彼らには、完全なる味方になってもらう必要は無くとも、「まぁ一理ある」とは思ってもらわねばならない。


(――だから)


 セシリアは一度、大きく息を吸い、深く深く息を吐いた。

 そしてゆっくり口を開く。


「確かに陛下の仰る通り、お茶会でお会いする度に殿下からはお声をかけいただいております」


 まず、事実は認める。

 これは先程の父の戦法と同じものだ。


 この件については、目撃者が多数居る。

 言い逃れなど出来はしない。

 ならばそういう不利な事実は、こうしてまず認めてしまう。


 揚げ足を取られる可能性を、自らの手で先回りして潰しておく。

 それはこの場で、最も効率的な手段の一つだ。


 そしてその上で私はもう一つ、紛れもない真実を告てやる。


「殿下はとてもお優しい、ですから会場内での不平等を嫌うのです。私の元に足を運んでくださったのは、私達が他の方々と同じく殿下に拝謁する機会を与えてくださったからに過ぎません」


 周りも殿下も陛下にそれを伝えた人間も、皆都合よく忘れている。

 しかし私達の会話の場には、必ずレガシーの姿があったのだ。


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