第25話 やるならば、徹底的に



 正論は、一点突破の戦法だ。

 真っ直ぐに相手の弱い部分を貫し、勝利する。


 対して、人の心の機微を扱う場合、十中八九そうはならない。


 後者の論法はあくまでも緩やかに、しかし確実に相手が着込んでいる物を削いでいく。

 そうやって、やがて相手のガードをすべて取り払ってしまうのだ。


 そうなったら、誰しもが総じて弱い。

 そしてそこまで出来るだけ手腕を持っているのなら、その後の『料理』なんてものは、ひどく容易にできるだろう。




 アリティーも、そういう戦い方をする。


 ならば、わざわざ私の周りで色々な変化に画策する理由は一つだ。


「私を孤立させる為に、そういった工作をしたのでしょう」


 テレーサも、レガシーも、クラウンも、最近セシリアと特に仲良くしている子達だ。


 きっと邪魔だったのだ。

 だから、策を弄して仲違いさせたり、婚約者を作り異性であるセシリアが居難くしたり。

 そうする事で、セシリアから彼らを引き剥がそうとした。


 剥がして、1人なったら手を差し伸べる。

 靡かない人間を手に入れる為の方法としては、それは割とオーソドックスな方法だろう。


「依存してくれれば尚良し、きっとそんな所でしょう」


 そこに根拠は存在しない。

 しかし「そうだ」と、セシリアは確信している。



 色んな事が腹立たしい。


 仕掛けてきたアリティーが。

 友人達を巻き込んでしまった現状が。


 しかし一番腹立たしいのは、気付けなかった自分自身。

 そして気付いたところで完璧に事前対処出来なかっただろう、力不足の自分自身だ。

 


 私に関わっているせいで彼らは、本来ならば決して関わることの無かった要らぬいざこざに巻き込まれ、傷付き、疲弊する。


 今までも。

 そしてもしかしたら、これからもそうかもしれない。


 ならば、離れるのが彼らの為に――。


(違う、そうじゃない。私にそう思わせる事だって、彼が組み立てた策略だ)


 彼にとっては、経緯なんて関係無いのだ。

 結果的に、私が孤立さえすれば彼の目的は達せられる。


 ならば敢えて彼の思惑通りに動いてやる事はない。


 彼の策は、本当に巧妙に編み込まれている。

 一つ失敗しても、また次を。

 これはそんな策である。


 しかし、セシリアにとっては幸いにも、そこには『セシリア』という1人の人間の人間性は加味されていない。


 それがセシリアの勝因になる。


(勿論、巻き込んでしまった友人達にはとても申し訳なく思っている。でも、否、だからこそ)


 だからそこ、相手に屈する訳にはいかない。

 自分の気持ちにも、主義にも反するそんな事、誰がしてなんてやるものか。


「私には、友人たちと離れる気も無ければ、相手の要求を飲むつもりもありません」


 迷惑を掛けると分かっていても、せっかく仲良くなった友人を手放したくない。

 それは十分、我欲と言っていい思いだ。


 アリティーの事を「我欲が強い」と表現したが、その点においてはあまり人の事は言えないだろう。


 だから代わり、決意した。


「私、今とても怒っています」


 昨日は領地や領民を餌にされて、怒りを感じた。

 しかし今は、それ以外の怒りも隠さず告げる。


「お父様、お母様。私は今回、彼らの為に本気で怒る事にしました」


 そうキッパリと宣言して、その口で両親に問う。


「アリティー殿下と戦うにあたり、私はどの程度、配慮する必要がありますか?」


 ひどく真面目な顔で聞いた。


 セシリアが『話さなければならない事』だと思っていたのが黒幕の正体ならば、『話しておいた方がいい事』と言うのがまさにコレの事だった。



 セシリアの問いに先に反応したのは、彼女の母・クレアリンゼだ。


「あのねセシリア。『王族』というのはね、何故か不必要なまでのプラス思考を発揮する生き物なのよ」


 質問の答えになっていない。

 しかしその言葉乗っている色濃い「うんざり感」に、セシリアは少なからず同情心を抱く。


(確か以前、お母様は「王様に言い寄られていた事がある」なんて事を言ってたな)


 おそらくその時に、相当しつこくされていたのだろう。

 そんな風に思っていると、クレアリンゼが急に真面目な顔になってこう告げる。


「だから、その気が無いならキッパリさっぱり完膚なきまでに断ってしまいなさい」


 その声に、セシリアは今頷きたい気持ちでいっぱいだ。

 が、本当にそれで大丈夫なのか。

 それだけが心に引っかかる。


 相手は、曲がりなりにもこの国一の権力者一家・王族だ。

 もしそんな事をして、家や領地や領民は困った事になったら。

 そんな不安を感じているのだ。


(お父様のことだから、おそらくどうにかしてくれる。そこを疑ってはいないけれど)


 しかし、その為に犠牲を強いたのでは意味が無い。

 先程感じた怒りと無力感は、何も友人にだけ向けられるものではないのだ。



 セシリアのそんな気持ちを感じ取ったのか、クレアリンゼはクスリと小さく微笑んだ。

 そして「だって仕方がないじゃない?」と告げてくる。


「そこまでしないとあの方達には分からないのです。だから貴女は『不敬な発言だ』と取られない様に気をつけつつ、断る事を最優先にする。それで良いのです」


 私欲を満たせないからといって牙を剥いてくる様な相手は、真っ向から叩き潰してやれば良いのです。


 クレアリンゼが、ツンとしてそう言い放つ。

 すると隣のワルターが「まぁクレアリンゼの言い方はちょっとアレだが」と言いながら苦笑いする。

 しかし次の瞬間、彼は真剣な顔でこう告げた。


「私の意見も概ね同じだ。思う様にやりなさい」

「お父様……!」

「ただし、やるならば『徹底的に』だ。最低限さえ見誤らなければ、あとは好きなだけ潰しなさい」


 その声に、セシリアは今度こそ大きく深く頷いた。


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