第24話 よく似た2人
それは彼の毎度のしつこさを見ていれば、簡単に分かった事だった。
セシリアは彼のそんな性質に、以前から気が付いていたのだ。
にも関わらず、召喚状が届くつい昨日まで、セシリアはその内容を具体的に考えた事が無かった。
その具体性が目の前に現れて、セシリアは初めて並列して起こりうる可能性について考えた。
そしてその結果、様々な事が既に起きていたのだと知るに至った。
「今回の召喚だけではありません。テレーサ様との諍いの件も、最近レガシー様に殺到しているお見合いも、全て彼の企てでしょう」
そこには明らかな後悔の念が滲み出ていた。
それらを全て知っていて、それで何故気が付く事が出来かなかったのか。
そんなのは簡単だ、セシリアが気付こうとしなかったからである。
自身の面倒臭さにかまけて、考えるのを放棄していた。
相手を陥れてやろう。
罠にかけてやろう。
そういう悪意は、普段の接し方の端々に少なからず見える。
否、見えてしまう。
だからそれが見えない内は大丈夫だと、そうたかを括っていた。
知らない所で他の誰かに向けられた悪意には、それでは気がつく事なんて出来ないのに。
(……あれ?)
と、ここでふと何かが引っかかる。
思い出したのは、今まで何となく感じていた、彼に対する妙な既視感と嫌悪感。
それが今、何故かとても大事なものの様に思えた。
理由は分からない。
でも。
(今までずっと届かなかったその答えに、今なら手が届きそうな、ひどくそんな気がしてならない)
気になるという事は、無意識下で何かしら今回の件に引っかかる部分があるのではないだろうか。
そう思いながら、考える。
少なくない時間、室内には静かなの時間が流れる事になった。
しかしそうなっても、彼女の両親は決して急かす事をしない。
助言を与えるでもなく、思考を中断させるでもなく。
ただただ彼女が浮上するのを待つ彼らは、真剣な顔のセシリアを信頼のこもった瞳で見守り続ける。
そうしてついに、セシリアは一つの答えに辿り着く。
「……殿下はどこか――マリーお姉様と似ています」
己の感情を笑顔で上書きし、話術で巧みに相手を誘導する。
相手の顔色を観察しながら、常に自分を演じ続ける。
そうやって相手を魅せる様が、この2人はよく似ていた。
それこそマリーシアの妹・セシリアに、既視感を抱かせるほどに。
まるで呟く様なセシリアの声に、ワルターは「ふむ」と考える素振りを見せる。
「マリーシアの振る舞いの手本は、間違いなくクレアリンゼ。しかしまだ発展途上だ。それは経験値の差もあるから仕方がない事ではあるが……その不完全さも含めて、セシリアは彼が『クレアリンゼよりもマリーシアの方に似ている』というのだな?」
「はい」
セシリアが、間髪を入れずに頷いた。
すると今度はクレアリンゼが困った様な顔をする。
「つまり殿下は、今回の件を企てるに足る人格的素質と動機に加えて、マリーシアと同程度の相手を欺く力も持っている。そういう事なのね?」
彼女の口から「はぁ」というため息が漏れ聞こえた。
それに続きワルターも、「それら全てを加味すれば、確かに彼への心象は黒だ」と苦い顔をしながら言う。
「が、そうなると少々厄介だな」
「はい。今まで自分の有能さを悟らせなかった手腕と、それとは相反して感じられる経験値の多さを見れば、今回も彼は証拠になりそうなものは何一つとして残していない事でしょうから」
父が抱いただろう考えを、セシリアは口にする。
が、もし何かしらの証拠が出てきたとしても、それに取り立てて意味は無い。
証拠を突きつけたとしても、結果として何か不正があった訳ではないのである。
罪にならない以上、それは駆け引き。
残念ながら、今後の面倒への抑止にはなり得ない。
ワルターとセシリアが2人して難しい顔をしている隣で、クレアリンゼが口を開く。
「ところでセシリア、確か先程『今回の召喚を含めた最近の私周りのトラブル』と言っていませんでしたか?」
「はい、そうです。この召喚以外では、テレーサ様との間にあった諍い、そしてレガシー様と所に突然殺到し始めた、多数の婚約話の2つです」
ただの偶然だと思っていたそれらは、総じてその発生源を特定できない。
しかしそれも、アリティーというたった一つのピースを嵌め込めむ事によって、全て綺麗に繋がるのだ。
無論、状況証拠を持ち出しての仮説になるが。
先程も思った事だが、アリティーとマリーシアはよく似ている。
その中の最たるものが、得意とする『論法』だ。
例えばキリルやワルターは、論法として正論を好む。
正しさを最も強固な基盤として捉え、理詰めで相手に対抗する。
セシリアも、どちらかと言えばそちら寄りだ。
しかしクレアリンゼやマリーシアは、正論よりも人の心の機微に重きを置く。
規律的な正しさよりも、その人の中に眠るものを軸にして、相手の思考をトレースし誘導する。
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