第23話 アリティーの本性



 彼のあの手腕が誰かから受けた教育の成果なのかというと、正直言って疑問が残る。


 彼のアレは、明らかに実戦慣れしたものだった。

 それこそ、教育なんかではなく。


「どちらかというと、日常的にその様な駆け引きをしているような……」

「なるほど、『必要に駆られて』か。それならば、周りからあれだけ揶揄されている中、その能力を隠しているのも頷ける」

「えぇ。それに、隠すのにだって技能が要ります。既にそれなりのレベルまで出来る、と考えた方が良いでしょうね」


 ワルターに続き、クレアリンゼも思案顔だ。


 先程第一王子との交流有無を聞いた際、アリティーについては全く触れなかった。

 その事から考えても、2人はまだ個人的に彼と接した事が無いのだろう。


 だからというのと、彼が秘めていた能力の高さに、2人はどうやら興味と警戒心を抱いた様だ。



 そんな2人にセシリアは続ける。


「彼とは今までに何度も言葉を交わす機会がありました。その時に私が彼に対して感じた事は、彼が我欲に正直な人間である事。そして、全てが手に入る事を当たり前だと思っている事です」


 もっと簡単に言えば、自分が「欲しい」と思ったものは、そう思った瞬間からもう手に入った物と見做している。

 そんな言動が、要所要所で目についた。


 例えば、セシリアが何度彼を往なしても、彼は一向に懲りた様子など無かった。

 そしてまるで「コレは自分のだ」と周りに誇示するかの様に、毎度話しかけに来る。

 


 そんな風に振り返れば、ふとその時感じだ煩わしさまで思い出し思わず嫌な顔になる。


「ふむ。その点については第一王子とあまり変わらない。むしろそれは、王族特有の病の様なものだろうな」

「そんな病持ちに好かれる様な人間は、どうしようもなく運が悪いですね」

「あらセシリア、何を言っているの? 貴女自身もその内の1人でしょうに」


 そう言って、クレアリンゼがクスクス笑う。


 向けられているのは、どこか悪戯っぽい瞳だ。

 その視線に、セシリアは彼女の気持ちを誘ってしまい、思わずグッと顎を引いた。


 一目見て分かってしまったのだ。

 その瞳の奥に「そろそろ逃げずに自覚すべきだ」と促す色があるの事を。



 セシリアだって、いい加減現実を見るべきなのだと分かっていた。

 だってそういう感情を認識する事も、相手の言動を先読みする為には必要なものだから。

 

 しかし、面倒だったのだ。

 自分がまだ知らない感情を相手から向けられている、そんなと事実を直視するのも。

 それを直視して、何だか居た堪れない気持ちになるのも。


「直接的な言葉なんて、まだ何一つ受け取ってはいませんし……」

「セシリア」


 最後にそんな一つ悪あがきをしてみれば、ワルターまでもがクレアリンゼ側をついてしまった。


 その様子に、私はもう白旗を上げざるを得ない。


 必要に駆られてしまった。

 そうなれば、目を瞑る事を許してくれる程、この両親は甘くない。


 

 セシリアは「はぁ」とため息を吐いた。

 そしてゆっくりと口を開く。


「おそらく殿下は、何かしらの理由で私に興味を持っているのでしょう。……それがどういう類の気持ちなのかは知りませんし、知りたいとも思いませんが」


 口に出して認める事で、自身の中にその事実がストンと落ちてきた様な感覚を得た。


 とはいえ、いきなり全てをそっくりそのまま認められるほど、セシリアはまだ達観し切れていない。

 だから後付けした言葉は、セシリアなりの悪あがきだ。



 彼が求める物の正体が、恋情なのか、友情なのか、それとも何かのスリルなのか。

 その名前は知らないが、それは同時に、今すぐ必ずしも必要な物でも無いのである。

 無理に急ぐ事も無い。


 今はただ、彼の好意的な感情が、大きな執着心を孕んでいる事をしっかりと自覚できていれば良い。



 セシリアのそんな恥ずかし紛れの心の主張を感じ取って、両親ともにクスリと笑う。


「我が末娘は、意外とまだ幼かったのだな」

「あらワルター、セシリアはまだ10歳ですよ? 当たり前じゃないですか」

「お父様、お母様」

「あぁスマン」


 少しいじけて抗議すれば、ワルターが軽い口調で謝った。

 本当に悪いと思っているのか、些か疑わしい軽さだが、それは今は置いておく。

 


 まぁ結局、だ。


 我欲が強く全ては想った瞬間にもう全て手に入っていると思うような人間が、そうと認識したものをまだ手中に収められていない。

 そうなった時、彼は一体どう思ってどんな行動に出るのか。


 そんな事、少し考えればすぐに分かる。


「彼はおそらく、手段を選びません」


 そう。

 残念ながら、彼は自分が一度「欲しい」と思った物を、簡単に手に入らないからといって「じゃぁいらない」と捨て置くタイプの人間ではない。


 むしろ、より執着するだろう。


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