第22話 『平凡』の化けの皮
謁見当日から遡る事、2日前。
謁見準備に忙しい両親を、セシリアはわざわざ呼び出した。
「謁見の前に、お二人に『お話しすべき事』と『お話しておいた方がいい事』があります」
そんな文句に2人は、一も二もなく頷いてくれた。
その事に感謝しつつ、セシリアは密かに拳を握る。
(大丈夫。昨日一日、何度も何度も考えた)
これは間違ってはならない仮説だ。
だから、口に出す前に考えて、考えて、考えた。
そして確信したのだ。
これなら全ての辻褄が合う。
これでしか、辻褄が合わない。
だから大丈夫。
後ろには、ちゃんとゼルゼンが居てくれている。
だから、大丈夫。
そんな確信と覚悟を握りしめて、背筋を伸ばしてこう告げた。
「お父様、お母様。今回の召喚を含めた最近の私周りのトラブル、主導者はおそらく第二王子・アリティー殿下だと思われます」
声が揺れる事は無かった。
本当は、腹立たしいし、恐れもある。
しかしそれでも、昨日ゼルゼンが言ってくれた事を思い出す。
「何を悩んでるのかは知らないけどさ、お前が正しいと思う事をすればいいんじゃないの?」
私は彼に、何も言っていなかった筈だ。
なのに彼は、私の悩みの核心にだけ綺麗に触ってそう言った。
驚いてすぐ隣に立つ彼を見上げれば、困った様に彼が笑う。
「お前の顔色くらい、俺が読めない筈が無い。一体何年一緒に居ると思ってるんだ」
何を今更当たり前のことを。
そう言いたげな彼の様子に、私は心から安堵した。
一人で抱え込まなくて良いんだと教えてもらった様な気持ちになって、ホッとした。
だから私は、今すべき事をすると決めた。
それこそが両親に自分の考察をきちんと話す事なのだ。
「セシリア、その言葉がどんなに危うい物なのか、知っていて言っているのね?」
「はい、重々承知しています。それでも言わねばならないと思いました」
もしこれから話す仮説が少しでも間違っていたら、王族への侮辱罪、冤罪で首を刎ねられる。
もちろんそれは「この話が漏れてしまえば」という事で、実際にそんな事をする人間は、今この部屋には一人も居ない。
だからこれは、心構えの話である。
それほどまでに自信を持って、貴女はこれ告げたのですね?
そんな問いが、クレアリンゼの本心だ。
それらを全て分かっていて、セシリアはしっかりと頷いた。
すると些かの沈黙の後、ワルターが「ふむ」と口を開く。
「その言葉の根拠は?」
「具体的なものは何も。しかし状況証拠と私の心象は――真っ黒です」
真っ黒どころか、混じりっけの無い純黒だ。
セシリアがソレに気付いたのはつい昨日、王家からの召喚が知らされた家族会議の時だった。
今までは点だったそれらが全て、線を繋ぎ一枚の絵になる。
それを初めて俯瞰して、私は「全ては自分の手の中にあったのだ」という事を知った。
そして、思う。
(殿下には、ソレを行うだけの力がある。そしてソレが出来るだけの精神性を持ち合わせている)
アリティーは、周りの言う『ただの平凡な人間』などでは決して無い。
彼と何度か言葉を交わして、元々セシリアはその事に気が付いていた。
「以前『仲良くする権利』の件で、彼と個々で初めて対峙した時。許容できるギリギリまで、彼は王族としての権力を使って見せました」
あの時感じた彼の異質さは、ギリギリというその線引きと、自らの感情をコントロールし切った所にある。
「自分の思い通りにする為に押し切ろうとした傲慢さは、王族が故の傲慢さでした」
「それはつまり『王族なら許されるレベルだった』という事?」
「少なくとも礼儀作法やマナーなどを逸脱する事はありませんでした」
そう、彼は後で突かれたら困る様な言動は一つもしなかった。
それに、だ。
「そして何より、彼はきちんと引き際を見定めていました。それも、これ以上に無いくらい、ギリギリの引き際を」
実際に、あれ以上食い下がる様なら、それを元にあちらにとって不利な形で引かざるを得ない状況に持ち込める自信があった。
結果的に彼は引き下がり『仲良くする事』を強要されずに済んだわけだが、それは必ずしもセシリアの中の予定通りでは無かったのだ。
「私には一応、自分が一般的な10歳児から逸脱した思考力を持っているという自覚があります」
「だからこそ、それに渡り合った相手も普通からは逸脱した存在だ、と思っているのだな?」
「その通りです」
ワルターの声に、セシリアは正直に肯首する。
「彼は確かに『平凡な王子』と周りから言われていますが、噂は必ずしも事実では無い。それは誰よりも私自身が、最近身をもって実感している事でもあります」
おそらくは、アリティーの手によって。
「……第一王子には、あまりそういった回りくどい手段を取る気配は見られないが、これが王子教育の賜物ならば、今後気をつければならないな」
「お父様は、第一王子との面識があるのですか?」
「以前に少しだけだがな」
「あの方はゴリ押しが得意な、典型的な『我が道を行く』タイプでしたね」
セシリアの疑問に、ワルターとクレアリンゼがスラスラと順に答える。
聞くに彼は、どうやら『自分の言葉こそが至高』と思っているタイプの人間らしい。
(絶対に、お近づきにはなりたくない)
心の中でそんな風に呟きながら、セシリアは先程のワルターが抱いたあの疑問について考える。
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