第21話 ここからが私の勝負



 王の言葉は、傍聴席の者だけではなくこの部屋の全ての者の感情を大きく揺らした。


「おい、それってまさか」

「では、あの話は本当に……」


 そんな声が口々に囁かれ、1人の少女へと視線か集まる。


 この場に居る誰しもが、一度は聞いた事があったのだ。


 セシリアが第二王子・アリティーの側に侍る権利を得たという噂を。

 そして、2人の間に婚約話が持ち上がっているという噂を。



 そんな中、セシリアは1人冷静に事を分析する。

 

 ここに来て、とってつけた様に持ち出されたこの話題。

 まるで品定めでもするかの様な、側妃の視線。

 そして、終始浮かべていた笑顔の裏に今正に一瞬だけ垣間見えた、アリティーの「待ってました」という表情。


 それらを受けてセシリアが思う事は、ただ一つ。


(まさかここまで『あからさま』だとは)


 これである。



 周りはただ、突然始まった『何か』に興味津々なだけ。

 しかしセシリアは様子が違う。


 並外れた観察眼を持つセシリアは、この場でたった数名しか気付けなかったその変化に気が付いて、「はぁ」と小さく息を吐く。



 そういう手口に出るだろう事は、最初から想定していた。

 しかし幾ら分かっていても、相手の口を物理的に塞がない限り、これは避けられない事だ。

 後手に回ってしまうのは仕方がない。


 が。


(本当に、余計な事を……)


 あまりに面倒そうな匂いがするので、思わず舌打ちしたくなる。


 王の口から告げられた、公の場での直接的な2人の将来への言及。

 これは大きな意味を持つ。


 きっと周りはさぞかし、こう思った事だろう。


 やはり、あの噂は全て本当だったのだ。

 そして公の場で告げるくらいには、王族側もこの話に乗り気なのだ、と。

 


 しかし、だからといってこんな形で噂を事実にすり替えた事を「仕方がない」と思うだけで済ませられる程、セシリアは現状を諦めていない。



 セシリアにとって、今の事態は迷惑以外の何物でもない。


 逃げ道を塞がれ、囲い込まれ、セシリアは今正に追い詰められようとしている。

 しかしそれでも、このまま負けた時の事を考えると今対処した方が良い。


 今の手間と未来の面倒を天秤に掛け「対処しよう」と決めて、セシリアは今日ここに来た。



 塞がれて、囲まれて、追い詰められて。

 それでも勝ちたいのなら、取るべき行動はただ一つ。


(一旦突破、それだけだ)


 あちらの魂胆は分かっている。

 おそらくここに集まった沢山の貴族達の目を利用して、ここで起きた全てを既成事実にしようとしているのだろう。


  

 実際に、それは有用な手段だろう。

 この場での一番の権力が王族であり、ここはその言がそっくりそのまま決定事項になり得る場所だ。


 それこそ彼らが王命などという物を使えば、有無を言わさずセシリアがアリティーの元に嫁ぐ事が決まってしまう。


 しかしセシリアは、先程までの王の様子を見てこう確信していた。


(大丈夫、勝てる。沢山の目を利用出来るのは、何も相手だけじゃない)


 ここでのやり取りは全てそのまま、確定事項になる。

 つまりそれは、もしこの場で今後のアリティーとの関わりをしっかり拒否出来たなら、それさえも決定事項にできるという事である。


(この場で私は『殿下にとって何者でもない自分』を勝ち取ってみせる)


 そうすれば、少なくとも今後は表向きのアプローチは出来なくなる。


 確かに後に暴君よろしく強権を振りかざしたりすれば、今日の内容を覆せなくはないだろう。

 が、それはとても格好悪くて外聞も悪い。


 少なくとも今代の王はそんな事はしない、否、出来ない筈だ。




 セシリアは、心の中で気合を入れる。


(ここからが、私の勝負。必ず平穏を勝ち取ってみせる)


 召喚状に関する家族会議の翌日、セシリアは両親とこの場面の為にたくさん話し合った。

 留守番している兄姉とも、お茶会を開いて様々な考察をした。


 準備に抜かりは1ミリも無い。

 

 だからセシリアは自信を持って、最初の一歩を滑り出す。


「『アリティー殿下のお側に』という話でしたら、先日殿下に直接辞退申し上げています。その意思は未だ変わりありません。私は王族の方々と縁を結ぶ気は無いのです」


 浮かべるのは、柔和な微笑み。

 しかしその実告げた言葉は、誰が聞いても分かる様な拒否を示す。


 そんなセシリアの言を受けて、貴族達は予想通りにザワめいた。

 それを耳で確認しながら、セシリアはふと2日前に想いを馳せる。


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