第3話 悠然と微笑んで ★
それはきっと、自分の事だけではなくセシリアの事を心配しての事だったのだろう。
しかし少し心外だ。
「勿論そんな事は分かっています」
今日の概要は『モンテガーノ侯爵家が越権行為をしたか否か』だ。
勿論「していた」と判断された場合、お咎めを受けるのは侯爵家だが、逆に「していなかった」となった場合、今度はセシリアがあの日会場を途中退場した事が咎められる。
そしてその場合、成立するのは『王族侮辱罪』であり、王族の機嫌次第では極刑だって十分あり得る。
そんな事は、セシリアだって十二分に理解している。
しかし。
「その為の『協力』でしょう? 大丈夫ですよ、上手くいきます」
彼の問いにセシリアは、すまし顔でそんな風に即答した。
そして「それに」と、茶目っ気たっぷりの顔で続ける。
「先日の。テレーサ様との仲直り。あちらの方が、今の何百倍も緊張していましたからね」
アレが乗り越えられたのだ。
こんなものは楽勝だ。
そんな風に彼に言えば彼は一瞬キョトンとして見せ、しかしすぐに「なんだそれ」と言って笑った。
しかしそれが、少なくともセシリアにとっては真実なので仕方がない。
少し緊張がほぐれた彼の一方、一行の足が止まる。
2人がコソコソ話に花を咲かせていた間に、いつの間にか謁見の間すぐ近くまで来ていたらしく、すぐ目の前には大きな門がセシリア達の行手を分厚く阻んでいた。
通称『王の守護扉』。
謁見の間までの道を遮る3つの扉の総称で、それぞれ屈強な騎士が6人一緒に押してやっと開く重さになっている。
これは謁見の時間を狙ってやってくる招かれざる客を押し止めるための物で、扉の前に居る騎士に身分証明と身体チェックを通過しなければ開けてもらえない。
その為一度に通る人間も「大人5人以下」という条件が付いていたりするのだが、まぁこれは今回定数以下なのであまり気にする必要はない。
大人組が騎士に身分を提示し始めた。
その隙に、セシリアは彼に改めて向き直る。
「レガシー様と共に、テレーサ様に橋渡しをしてくださったと聞きました。本当にありがとうございます」
そう言って、彼にきちんと頭を下げて御礼を述べる。
2人の後押しが無ければ、きっときちんと仲直りする事は出来なかっただろう。
そんな予感があるから尚更、セシリアの中の2人への感謝は深い。
「仲直り、出来たのか?」
「はい、おかげさまで」
たった3日前の、しかも世間的には微妙な関係になっていた事など全く知らない2人の仲直りである。
その場に居合わせていなかった彼が知っている筈がない。
不安げな声色でその結果を尋ねた彼に、セシリアはふわりと笑顔になる。
とっても嬉しかったのだ。
勿論テレーサと仲直り出来た事もだが、それ以上に、気にして助けてくれた2人の気持ちが。
だから思わず素で微笑んでしまったのだが、それは知らないところで誤爆する。
「……可愛い」
「え?」
「いや何でもない!」
見惚れて思わず口から漏れ出た彼の本心は、幸いにも彼女の耳には届かなかった様だった。
「何?」と言いたげに首を傾げる彼女に慌てて否定して、どうにかセシリアを誤魔化す事には成功した。
しかしそれでもクラウンの胸のど真ん中に、トスッと刺さった矢は深い。
そもそも彼の中で、セシリアの容姿はどうしようもなく好みなのだ。
そんな彼女に満面の笑みを向けられれば、どうしたって心が揺れる。
そんな心の機微を隠すために、クラウンは「それなら良かったんだ。うん、良かった」と、『良かった』を連呼すれば、彼女はまた「ありがとうございます」とはにかんだ。
しかし、それも長くは続かない。
おそらく身元証明が終わったのだろう。
騎士達が身体検査を始めたところで、セシリアは少し苦笑する。
「しかし今回のお話をしたら、両親に怒られてしまいました。『秘事を第三者に話してしまえば、相手を巻き込む事になる。他家に迷惑をかけてはならない』と」
それはセシリアも、当初から分かっていた。
レガシーに話す時の最後のネックになったのが正にソレだった。
それでも話してしまったのは、自分じゃどうにもならなかったからである。
結局あの時、セシリアは彼に甘えてしまったのだ。
そんな自覚があったから、ソレを改めて指摘されて結構凹んだ。
そんな気持ちを口に出したのは、彼に対してが初めてだった。
今日の為の対策に追われていた事と、それから「自分の反省はわざわざ口に出す事ではない」と思っていたから、これはゼルゼンにだって言っていない。
ならば何故今、彼にだけ言ったのかというと。
「……セシリア嬢も怒られる事があるのか?」
「それはそうですよ」
「心底驚いた」と言わんばかりの彼を前に、セシリアは「私を一体何だと思っているんですか」と尋ね返す。
実際セシリアは、彼が思っている程超人でも大人でもない。
何でもは出来ないし、心だって揺れる時は揺れるのだ。
言外にそう示せば、クラウンはまたフッと表情を緩めて笑った。
「『王族への謁見よりも友人との仲直りの方が緊張した』なんて言う人間が、まさか親に怒られてしょげるとは」
「しょげますよ、当たり前です」
いじけた様なそぶりを見せつつ彼を見て、セシリア少しホッと息を吐く。
彼の顔色は、先程よりもずいぶんと良い。
表情筋も大分その機能を取り戻してきている。
うまくハマった思惑に、セシリアは1人「良かった」と独り言ちた。
謁見の直前にわざわざこんな話をしたのは、勿論「彼の緊張が引き起こすかもしれない未来のポカを潰す為」でもあるし、「彼をこの件に巻き込んでしまった償い」でもある。
そして何より「なるべく早くテレーサの件にちゃんとお礼を言う場を設けたかった」からこそ選んだ話題でもある。
しかしそれよりも何よりも、彼の心を少しでも軽くしたかった。
彼は、これから同じ戦地に赴く仲間だ。
どんな気持ちで待っていても、謁見の時はやがて来る。
その時に、彼が少しでも不快な緊張感を感じずに済む様に。
「大丈夫です。侯爵様も、私の両親も、そして私も。みんな味方なのですから、私達の『勝ち』は確実です」
そう言ってニヤリと笑えば、悪戯っ子のようなその表情に、クラウンは「一体、何と戦うつもりだ」と苦笑する。
それはおそらく「謁見に勝ち負けとか無いだろう」という意味だったのだろう。
しかしその実、セシリアにとっては正に答えられない問いである。
だからセシリアは、ただただ悠然とした笑みを浮かべた。
そこにあるのは、貴族としての気品と余裕。
そして戦意……がほんの少しだけ垣間見えたような気がして、クラウンは意図せず感じとってしまった嵐の気配に、思わず「……え?」と呟いた。
しかしそれをかき消す様に、騎士の「開門ー!」という声が響く。
ゆっくりと開く、一つ目の扉。
それが否応なく時の経過を告げていた。
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当該話数の裏話を更新しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991882173
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