第2話 悪い顔色、強張る体
案内役の後に続いて城内の廊下を歩いていくと、他の廊下との合流地点で別の一団と鉢合わせをした。
相手の存在に気がついたのはこちらとあちらほぼ同じで、その瞬間にあちらは「フンッ」と鼻を鳴らした。
実に無礼な態度だが、それも仕方がない事だろう。
何よりもあちらの方が上の立場なのでこちらがどうこう言える事でもない。
3歩の違いで、こちらの方が合流地点を通り過ぎた。
行き先が同じなので必然的にあちらがこちらの後ろをついて行く形になる。
すると、おそらくプライドが許さなかったのだろう。
『あちら』もといモンテガーノ侯爵・グランは少し早足でワルターの横まで足を進めた。
隣に並んだので最初は「何か話したい事でもあるのかな」と思ったのだが、全く話しかけようとする素振りを見せない為、どうやら違うらしいと分かる。
となると、だ。
彼がそうした理由が分かって、セシリアは思わず内心で苦笑した。
(おそらく負けず嫌いがたたっての事なのだろうけど……お父様も大変ね)
そう思ったのは、ワルターの様子からこれが日常茶飯事なのだと分かったからである。
体は立派な大人なのに、まるで子供の様なプライドを発揮するグランに、ワルターの日々の苦労が偲ばれる。
良い年をして、大人気なさこの上ない。
そんな風に思いながら両親の後ろを歩いていると、セシリアの隣にもスッと小柄な影が並んだ。
クラウンである。
セシリア同様、彼も今日『当事者』として王城に呼ばれている。
それはワルター経由で事前に知らされていた事だった。
だから別に驚きはしない。
残念な偶然で、彼は父と同じように足を早めてセシリアの隣に並んだ。
しかし以前の彼ならともかくとして、今の彼はただ自分のちっぽけなプライドを満たす為にこんな事をしたりはしない。
「……セシリア嬢、すまん」
足並みを揃えると、彼はセシリアにそう告げた。
小さな声で告げたのは、おそらく父親の事を気にしただろう。
あんなに対抗心を燃やす彼だ。
自分より下の爵位の娘に対して必要に駆られてもいないのに自分の息子が謝罪をするなんて、そんなの許す筈がない。
セシリアは、そんな彼に小首を傾げた。
「何を謝る必要があるのですか? クラウン様」
彼の気持ちを配慮して小声でそう応じれば、何やら2人でコソコソ話をしているかの様になった。
これからするだろう話の内容を想像すれば別に隠すような事でも無いのに、何だか可笑しい。
「……今回の謁見でセシリア嬢が引っ張り出されてしまったのは、明らかに俺のせいだ」
参考人とはいえ、王族からの召喚だ。
その内容が褒章ものでも無い限り、少なからずセシリアの不名誉になってしまう。
どうやら彼は、それを気にしているらしい。
そんな彼に、セシリアは思わず微笑を漏らした。
今の彼は、もう自分で状況を把握し、自分で考えすべきと思った事が出来る様になった。
それが何だか、まるで自分の事のように嬉しく感じる。
そんな彼にだからこそ、セシリアは嘘は言わない。
今回の召喚、少なくとも書面上では先日の一件が使われている。
そうである以上、彼の言葉は否定できない。
しかしそれが『全て』でもない事を、セシリアはちゃんと知っている。
「……いずれはきっと、似たような事になっていました」
あの一件はあくまでも建前だ、本質はそこじゃない。
だけど言えばきっと彼に今後、今以上に迷惑を掛ける。
だから真実を彼には言えない。
発した言葉に「え?」と首を傾げられたが、セシリアはそんな彼にただ無言で笑顔を返す事しか出来なかった。
(むしろ、巻き込んじゃってごめんなさい)
そう言いたいが、これは伝えられない謝罪だ。
その代わり、今日の実績でその意思を示そう。
セシリアは改めてそんな風に心に決めつつ、話題を別に逸らしにかかる。
「そういえば、今日夫人はどうされたのですか?」
父の話によると、彼の家も両親共に来る筈だったと思うのだが、しかしどうにも姿が見えない。
だから下品にならない程度に視線を巡らせながら彼にそう尋ねると、彼はちょっと苦そうに笑う。
「それが、召喚状を見るなりお母様は寝込んでしまった」
「それは大丈夫なのですか?!」
それでお加減はどうなのか。
そんな風に心配すれば、彼は大した危機感もなく「大したことない」と答えてくれる。
「少しの間安静にしていれば問題ないらしい。流石に今日ここに来る元気は無かったが」
その落ち着き様を見るに、もしかすると彼女はこういう事がよくある人なのかもしれない。
まぁ自分の子供が引き起こした事のせいで最悪極刑もあり得る場に引っ張り出される事になったのだから、心労もあるだろう。
どちらにせよ命に別条は無さそうなので、少し胸を撫で下ろす。
しかし。
(ならば、何故)
セシリアの中でそんな一つの疑問が生まれた。
クラウンの顔色が、すごく悪い。
それだけではなく、体全体がちょっと強張っている様に見える。
顔の表情筋なんて、特に顕著だ。
「……ぁ。もしかしてクラウン様、今緊張されていますか?」
一つその原因に思い当たり、言いながら少し顔を覗く。
すると、クラウンの顔がギシリと固まった。
そして待つ事、ゆっくり二拍。
彼は徐に口を開く。
「召喚、しかも尋問目的の謁見だぞ? 緊張しない筈がないだろ。……って、え? セシリア嬢は、もしかして緊張していないのか?」
「私は、特に」
「失敗すれば俺の家かお前の家、少なくともどちらか一方は処分を受ける羽目になる。分かってるか?」
彼は、真剣な顔でそう言った。
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