オルトガンの『本気』は国をも揺るがす
第1話 絶対的な味方達
王城の控え室。
謁見前の控え室として用意されたその場所に、ワルターとクレアリンゼ、そしてセシリアはソファーに座って待機していた。
今回の召喚命令はオルトガン伯爵家に宛てられたものだ。
その為当主であるワルターとその妻クレアリンゼ、そして当事者としてセシリアという布陣である。
本来ならば家宛の召喚には当主と夫人の2人で良いのだが、今回は「当事者の話も直に聞きたい」という建前の下、セシリアが名指しされていた。
逆にキリルとマリーシアの名は無い為、今日の2人はお留守番だ。
2人はその事を心底悔しがっていたが、その代わりにと事前に『3兄妹のお茶会』を開き、セシリアに色々な情報を授けてくれた。
おそらく今頃はセシリアの帰宅を手ぐすねを引いて待っている事だろう。
まだ始まってすらいないのに。
ところで、謁見予定の者は皆、予定時刻の約30分前には登城して控え室で時を待つ。
これは、規則ではないが「王族を待たせる危険性を減らす事」と「登城者の精神的安定を守る事」。
この2つの側面を補った、貴族達の処世術のようなものだ。
今回、オルトガン一行もその慣習に倣っている。
まぁ生憎と彼らの場合は「『お仕事』の前に紅茶を楽しむ時間が欲しいから」という気持ちの方が余程勝っていたのだが、そんな事は傍目に見ても分からない。
今は案内された休憩用の部屋で3人、紅茶の香りと共に寛いでいた。
因みに部屋は、同じく今回呼び出されたモンテガーノ侯爵家とは別だ。
部屋は大抵家毎に割り当てられるため彼らはこの部屋には来ない。
しかしまぁ、時間的な事を考えれば、おそらく彼らも既に王城内には居るだろう。
室内には、よく見知った使用人達の姿が3つある。
それぞれ、伯爵家から連れてきた専属達だ。
実は王城内での給仕には王城勤務の使用人たちを選ぶ事もできるのだが、今回は遠慮した。
王城の給仕なんて職、一定以上のスキルが無ければ務まらない。
そのため、彼らは総じて高い水準で仕事が出来る。
そんな彼らのサービスを一部貴族は「登城の記念に」「滅多に無い経験だから」と受け入れて、まるで一種のステータスの様に後の社交場で喧伝する。
しかしそれを、オルトガンの人間は総じてこう、鼻で笑い飛ばしてみせる。
休憩の場にわざわざ『聞き耳』を招き入れるとは、と。
まぁ、そうでなくとも謁見なんてそう頻繁にあるものではないのだ。
そんな慣れない場に赴く直前に敢えて自身を特別な環境下に置くなどという行為は、自らの首を絞めているのと同じである。
どちらにしろ、あまり良い影響は与えないだろう。
紅茶好き一家とあって、それぞれに好みの茶葉や淹れ方は異なる。
その為今日は各々のリラックスの為にもと、3人それぞれが自分の専属が淹れたものを楽しんでいる。
(今日も、美味しい)
両親の間に座りながら、セシリアは「ほぅ」と安堵にも似た息を吐いた。
絶対的な信頼を持つ両親の間でゼルゼンが自分だけの為に淹れてくれた紅茶を飲む。
セシリアにとって、これほど心休まる事はない。
ティーカップを両手で包み込んで褐色の水面を覗けば、ゆらりと揺らめく水面に使用人によって着飾られた『よそ行き』な自分が映り込んでいた。
「装いは貴族の武装ですからね!」
そう言って口々に応援の言葉を言いながら磨き込まれた肌や爪、ヘアセットやドレスなどは、確かに十分な武装をセシリアに施している。
「……緊張しているか?」
そんな声が頭上から降り注ぎ、顔を上げる。
すると、穏やかに微笑む父の顔がそこにはあった。
「大丈夫ですお父様、緊張はありません」
心配してくれた。
その気持ちが嬉しくて、セシリアはふわりと微笑んだ。
緊張していないのは、純然たる事実だった。
初めての召喚。
初めての大舞台。
にも関わらず、セシリアは不思議と気負いも緊張も感じていない。
今日の為のシミュレーションはちゃんとしてきたし、何よりも両親がついている。
負ける気は、全くしない。
しかし、否、だからと言うべきなのか。
「ねぇセシリア? それは良いのだけれど、謁見までにはその怒り、しっかりと隠しておかなければなりませんよ?」
指摘されて、セシリアは初めて自身の感情がダダ漏れであると気が付いた。
これでもちゃんと平静を取り繕っていたつもりだったのだが、どうやら十分ではなかったようだ。
この件に関してセシリアは、とある人間に対して大きな怒りを抱いている。
3日も前に灯ったその火は、瞬く間に業火と化したというのに未だに衰える事なく燃え続けているのだ。
それこそ相手を、火祭りにあげてやろうかと思うくらいには。
「怒りは思考を妨げます。それには一旦蓋をしておきなさい」
クレアリンゼの涼やかなアドバイスに、セシリアは一つ深く息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。
(……そうだ、今日の最重要は『きちんと役割を果たし、言うべきを言う事』。そのために、この感情は邪魔になる)
心の中でそんな風に唱えながら、自分の中の奔流を包み込み、蓋をする。
再びゆっくりと瞼を上げた時、もうそこに怒りは無かった。
「えぇ、上出来です」
目が合ったクレアリンゼにそう言われて、内心で少しホッとする。
彼女が言うのなら間違いないだろう。
と、そんなやりとりを終えた時だ。
外から扉がノックされる。
「そろそろお時間です」
掛けたれたその声は、おそらく謁見の間までの案内人のものだろう。
空になったティーカップを置き、3人はスッと立ち上がる。
出入り口へと歩いていけば先回りしたマルクが扉を開けてくれ、部屋を出ればその後ろに『絶対的な味方』が続く。
そして。
「「「いってらっしゃいませ」」」
まるで伯爵家の使用人を代表した言葉の様に、連れてきた3人は綺麗な所作で主人達をそう言った。
貴族でも謁見対象者でも無い彼らは、この後すぐに使用人用の待合室へと移らなければならない。
つまり、この先の動向は許されていない。
次に彼らと会えるのは、全てが終わった後になる。
彼らからは、不安の心配も、全くと言っていいほど感じられない。
「行ってくる」
強い笑みを携えて、ワルターがそう彼らに答えた。
それを受けてゆっくりと顔を上げたゼルゼンと目が合えば、やはり彼がセシリアの『勝利』を一ミリも疑っていない事が分かる。
多少やりすぎの可能性を気にしている様子の彼に改めて殺る気を見せると、彼からこっそりと「流石に殺っちゃダメだろう」とアイコンタクトで返された。
しかし良いのだ。
だってこれは、あちらが仕掛けてきた戦争なのだから。
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