第5話 最も『効率的』な最初の一手

 


 家族での話し合いが持たれた後。

 解散になったリビングにはまだ、両親だけが残っていた。


 方針が決まり家族揃って一致団結したところで、2人はしばらく優雅なティータイムと洒落込んでいるのである。


 しかしそんな和やかな空気を、ひとしきり紅茶を楽しんだワルターがやんわりと破り捨てた。


「さて、どうするか」


 まるで世間話の延長かのように呟かれたソレが決してそんな平和的なものでは無いという事を、クレアリンゼは知っている。


 「何を」だなんて、聞くまでも無い。

 もちろん3日後に迫っている召喚の事である。



 何から手をつけるかな。

 そんな算段に、クレアリンゼはクスリとわらった。


 外国の言葉で『急がば回れ』というのがあるが、今回はそんな暇さえ与えられていない。

 最短かつ最高のパフォーマンスを発揮する筋道こそ、今回選ぶべき答えだ。


「花火は最大かつ盛大に上げなければなりません」

「そうだな。子供達にも『やり返して構わん』と教えている事だし、たまには親が手本を見せてやらねば」


 鬱憤が溜まっている。

 それを晴らす場を、わざわざあちらが用意してくれるというのだ。

 精々有効活用させてもらおう。


 それがワルターの考えでありクレアリンゼの願いでもある。



 口元に手を当ててクスクスと笑い出したクレアリンゼに、ワルターが「どうした、急に笑って」と首を傾げた。

 すると彼女は、嬉しそうに頬をふわりと緩ませる。


「いえ、またワルターの『勇士』が見れると思うと楽しみで」


 そう言われ、ワルターは少しキョトンとした。

 しかしすぐに苦笑を浮かべて呆れ声を出す。


「全く……物好きな奴だ」

 

 普通は怖がるものなのだがな。

 自分の経験則からワルターがそう独り言ちれば、彼女はまた声に出して笑い出す。


「忘れてしまったのですか? そんな貴方に一目惚れして、私はここに嫁いだのですよ?」


 そんな返しに、ワルターは仕方がないなという目で笑顔の妻を眺めながら「――あぁ、そうだった」と笑みを含んだ嘆息を漏らした。



 そんな彼にクレアリンゼは、まるでせがむ様にこう尋ねる。


「それで、最初の一手はどうするおつもり?」

「そうだな、お前の言うところの『最も効率的な最初の一手』か」


 そう言いながら、ワルターは少し考える。



 材料は、既に色々と揃いつつある。


 セシリアもどうやら思うところがある様だし、国内の『バランス』も良い塩梅だ。

 おそらく今回、使える武器は多いだろう。

 

「……火をつければ、さぞかし燃え上がるだろう」


 脳内で使えるピースをかき集め、枠に合う様に組み立てる。

 


 賽は既に投げられた。


 そしてそれを投げたのは向こうなのだ。

 何の容赦も躊躇も手加減も、必要性は感じない。


「……マルク」

「はい旦那様」


 呼べば、ずっと後ろで気配を消していた壮年執事が言葉を発した。

 その彼に、ワルターは告げる。


「手紙でアポイントを取れ、『出来る限り早急にお会いしたい』と」


 時計を見れば、丁度午後7時を回ったところだ。


 王都における貴族の住まいはある程度密集している。

 目的地まではそう遠くない。

 片道で約15分といったところか。


 そんな風にワルターが考えたところで、クレアリンゼがこう告げる。


「もしかしたら、お返事も今日中に届くかもしれませんね」


 きっとあちらも、こちらと同じで話をしたいところでしょうから。


 そんな風に言葉を続けて楽しげに微笑めば、そんな彼女にまるで釣られでもしたかの様にワルターもまたフッと笑う。


 そして。


「そうだな。最近の様子を鑑みるに、あちらは喜んでこちらの誘いに食いつくだろう」


 そう言いながらまた紅茶に口を告げた主人に、筆頭執事・マルクはその後ろで「畏まりました」と頭を下げた。




 その後マルクは速やかに、事を迅速に進めた。

 そしてその答えは、案の定即答に近い形で為される事になる。



 受け取った手紙によると、調整日時は明日の午前10時。

 いつもなら「急すぎる」と言うところだが、今回に限ってはこちらとしてもありがたい。



 手紙の内容を確認し、便箋と封筒を投げる様に机へと置いた。

 その封筒は、表を下にして机を軽く滑って止まる。

 


 ――モンテガーノ侯爵・グラン。

 その手紙の差出人を示す場所には、そんなサインがしてあった。


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