第4話 怒り、燃え盛る ★



 実際、召喚命令書を躱す方法は幾つかあり、少なくともオルトガン伯爵家はそれを実行できる。


 そして実際、そうしようと思ってもいた。

 あの召喚命令書の文面が、あんな内容でなければ。


「……我が家がこの命令に従わずこの先も貴族として生きていくためには、きちんと筋の通った理由の選定と社交による他貴族へのフォロー能力が必要不可欠だ」


 そう、ワルターが重い口をゆっくり開いた。

 

 それは、セシリアの先の言葉を暗に肯定するものでもある。

 話の筋道は間違っていない。

 だから否定も軌道修正もせずに、先を繋ぐ。

 

「あの文面は、後者を損なうものだった」


 前者と後者。

 この両者がきちんと揃わなければ、王族からの召喚命令をいなし切れない。

 そしていなし切れなければ、選択肢にすらなり得ない。


 完璧こそが領地と領民の生活を守る事に繋がるという事を、伯爵家の人間は皆知っている。


 この家の住人はみんな揃って有能で、それ以上に頑固なのだ。

 彼らの辞書には、例えば『譲歩』という言葉はあっても『妥協』という言葉は無い。

 そういう事だ。


 そして相手は、そんなオルトガンの性質を知っている。


 だからこそ、理由とフォロー。

 そのどちらかを潰す作戦に出たのだろう。


「セシリアの名前をわざわざ名目に挙げるなんて、本当に忌々しいわ」

「それが効果的だという事もな」


 クレアリンゼとワルターが、それぞれ実に忌々しそうにそう告げる。

 そしてどんなに忌々しげに言ったところで、そのカードが裏返るわけでは無い。


「もし今回の召喚を蹴ったとして社交界でその事が噂になるのは必至だよね。蹴った事実から話は『何故蹴ったのか』に移行し、『そもそも何故呼ばれたのか』という流れになる」

「そしてその時に挙がるのは、本当の概要ではなくて名目の方、になるんでしょうね」


 キリルの言葉に、マリーシアが続く。

 

 彼女の言葉が「なる」ではなく「なるんでしょうね」という第三者視点じみたニュアンスになっているのは、そこに『だれかしら』と操作が入る事を予想しているからだった。


 謁見の真の概要は『モンテガーノ侯爵家への責任追及』だが、召喚命令書に記載された『王城パーティーにおけるセシリアの途中退場の是非』も、そう書かれている以上は嘘では無い。

 そして何より「議題の添え物だったから召喚に応じなくても問題ない」よりも「名目として名指しされている本人が欠席した」という方が、噂として面白い。


 噂とは、面白いほど瞬く間に広まっていくのだ。

 そしてその中に含まれた一滴の真実が、その信憑性をより高める。

 そういう意味で、危惧している噂の回りはおそらく、実に早くて簡単だろう。



 それに、だ。


 王族との謁見の場には、制限が設けられない限りは一般貴族も傍聴出来る。

 しかし貴族が全員出席する訳ではなく、噂になった後で話題に取り残されない為に該当の謁見記録を観にくる人間も居るのだ。


 そして謁見記録には、名目とその結果しか乗らない。

 議事録にはやり取りが事細かに記されているが、そちらは簡単に見れるような物ではなく、そうである以上彼らは話の過程を閲覧出来ないという事になる。


 つまり、記録だけ見た人間に「セシリアは議題の当事者でありながら追求を逃れる為に欠席した」と思わせる事は十分に可能なのだ。

 そう、記録の書き方によっては。


 そしてそういった悪意ある行動を起こすのは簡単だろう。

 だって噂を仕掛ける側の人間がそれを書くのだろうから。



 そして、そうして出来たレッテルをすぐに剥がし切る事は、流石のクレアリンゼにも難しい。

 現状までに回復させる為には、最短でも1年を要するだろう。


 そして、それはつまり。


「社交が滞っている間、領地と領民はほぼノーガードを強いられる。『そうされたくないのならば来い』という訳ですね」

「間違いなく脅しだよね、これは」


 笑顔で失笑という難しい事をやってのけたマリーシアに、キリルがフンと鼻を鳴らした。


 しかしこの罠にも、死角が無い訳じゃない。

 この展開が分かっている以上、事前回避の策はある。


「モンテガーノ侯爵家をスケープゴートにでもすればそれもクリアできるだろうけど」


 そう言ったキリルの意図は、「この件に関する侯爵家の悪い噂を流しそちらをより目立たせれば、相対的にこちらは目立たなくなる」というものである。

 しかし言った本人の声色には、否定的なものがあった。


「それは少し、後味悪くて嫌ですしね」


 幾ら元はと言えば自業自得だとしても、既に十分な社会的制裁を受けている。

これ以上痛めつける必要ない。

 それがマリーシアの主張で、それに家族一同肯首する。


 それに。


「そもそもそんな労力を割いてまで召喚命令を回避する理由が、私達にはありませんし」


 クレアリンゼがブリザードの微笑みを垂れ流しながらそう言って。


「命令書の中を見るまでは『まぁある程度無難に熟せばいいか』と思っていたが、あちらがこれだけ本気で引っ張り出す気なのだ。ならばこちらも本気で応えなければ、相手に対して失礼というものだしな?」


 狙っているのか、それともまぐれ当たりなのか。

 どちらにしても、王族が『領地と領民』というオルトガン伯爵家の逆鱗に触れてしまった事は間違いない。


 そのタブーに触れられて何もしないのでは、オルトガンの名が廃る。

 ワルターは、そんな風に言いながら、その顔に『良い笑顔』を浮かべてみせる。



 そうでなくとも、特に今年はセシリア周りの噂で王族には色々と『お世話』になっているのだ。

 そもそも全員、我慢がストレスとなって蓄積されているのである。




 相手は、王族。

 しかしそんなの関係ない。


 王族だから,何だというのだ。

 それが一家の総意である。



 流石は家族、と言うべきか。

 冷笑や失笑や嘲笑や。

 様々な表情を『笑顔』で括った魔窟の中で、それぞれに抱いた感情は一つだ。


「……きっと、この件を企てた方は私を怒らせたいのでしょうね」


 終わった事をむし返された事への怒り。

 脅された事への怒り。

 今までの煩わしい噂への怒り。


 そして、もう一つ。


 何よりも、正に今この瞬間に気が付いてしまったモノへの怒りを沸々と煮えたぎらせて、セシリアは言う。


「そちらがそういうつもりならば、容赦する理由はありませんね。――『面倒』ですが、対処しましょう」


 今までずっと伯爵家内で燻っていた怒りの炎は、召喚命令書という名の着火剤によって今まさに燃え盛り始める。

 その中でも最大の猛火を発しているのは、間違いなくセシリアだろう。



 セシリアは今、その怒りをペリドットの両眼にしっかりと携えて、最近起きた一連の出来事の黒幕へとその手をかけたのだった。





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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991874244


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