第3話 脅し込みで



 父だけでなく、兄姉の視線さえもがセシリアへと向く。

 そんな中、セシリアはこう口を開いた。


「では、今回の召喚は――」

「あぁ、書面では『伯爵家』となっているが、実質的にはセシリアに対して向けられたものだ」


 それは、当たって欲しくなかった予感の的中が的中した瞬間だった。



 兄姉から、驚きと戸惑いと気遣わしげな感情が向けられる。

 しかしそれに反応を返す余裕はセシリアには無い。


(何故、今更そんな)


 セシリアの中には突如としてそんな感情が渦巻き始めた。

 

「だってそんな……今更です。王族からの召喚命令なのですからおそらく『途中退室が適切だったのか』が論点なのですよね? ならば、そういう案件は噂が広まったもっと前に為されるべきです。でなければ、行う意味がありません」


 セシリアは、呟くようにそう漏らす。


 

 本来、パーティーの途中退室はパーティーのポストに対して非常に失礼な行為である。


 それが目上の相手ならば尚更で、それが王族ともなれば「王族を舐めているのか」という話になる。

 つまりこれは、王族のプライドの問題なのだ。


 マナーを破った相手に対して自身のプライドを守る為には、見せしめにするのが1番良い。

 他貴族達が見守る場所で、王族が踏ん反り返り当事者が低い姿勢で弁解をする。

 そんな場が必要になる。


 それが正に『召喚による謁見の場』であり、そうである以上噂が盛んに出回っている間に相手を呼びつけ見せしめにしなければ意味が無い。


 なのに、噂が沈静化してきている今更の召喚命令だ。

 セシリアからすると道理に合わない、意味が分からない采配である。


 それに、だ。


「確かに王城パーティーの途中退場はモラル的に決して褒められたものではありませんが……逆に罰則を与える事の出来る法もありません。当時の状況や目撃者を考えれば、我が家を貶める事など――」


 そう、貶める事など出来ない。

 そこまで考えて、セシリアの脳裏にとある可能性が浮上する。


「お父様。この件の狙いは、私達では無いのですね……?」

「その通りだ」


 セシリアが出した答えに、ワルターは間髪無しに肯定した。

 

 先程の口ぶりだと、おそらく召喚命令書にはあくまでも『王城パーティーにおけるセシリアの途中退場』という趣旨の文言が書かれていたのだろう。

 それでも彼がそう肯定し切ったのは、彼の中できちんとした確信があるからだ。


「では、真の議題は『モンテガーノ侯爵家が一貴族の身でありながら王族権限に相当する命令をしたのか否か』なのですね?」


 キリルが父に、透き通るような空色の瞳でそう問うた。


 微笑みが苦笑顔が通常の彼が、今は冷徹とさえ思わせるような無表情を覗かせている。

 それは、彼にはもう事の全容を見ているからだ。


 だからこんなにも、笑えない。


「つまり、我が家は言わば参考人。召喚名目がセシリアを主軸に据えた物になっている理由は、我が家をこの件に巻き込む為、だと」


 兄の声を引き継ぐようにそう告げたのは、母親譲りのブリザードな笑顔を浮かべるマリーシアだ。

 普段笑顔の人間が真顔になるのも恐ろしいが、そんな中で笑顔の人間も十分怖い。

 特にマリーシアの場合、目がどうしようもなく笑っていないのだから、尚怖い。


 

 しかしそんな2人の冷ややかな怒りに、セシリアは大いに賛同したい。

 2人がそうであるように、セシリアも分かってしまったのだ。


 相手が、何故今更召喚をしたのかが。


 

 そして、それを肯定するかのように母が言う。


「流石の王族(バカ)も、侯爵の件を『王族案件』にはしないだろう。当初はそう思っていました。だって、貴族同士の争いに王族がわざわざ首を突っ込むなどと、そんな事をして否応なく沙汰を下せば、王族と貴族の関係性に亀裂が生じる事など明白ですからね」


 どちらの肩を持った持たない。

 そんな争いが起きれば最悪、将来的に国家規模の争いが起こりかねない。


 だから余程な事が無い限り、貴族間のいざこざに王族は不介入を貫き通すものである。


 それをセシリア達も分かっていて、だから『余程の事』と取られるギリギリを見極めて行動した。

 そしてそれは、成功したと自負している。

 実際に今まで何の音沙汰も無かった事がその証拠だ。


 つまり、彼らは。


「まさか別の、しかもこんなしょうもない動機で、この件を『建前』に使ってくるとはね。しかも――脅し込みで」


 そう言い切った彼女の声には、凍えるどころか即座に凍りつくくらいの冷気が乗っている。

 もちろんその顔にはブリザードが吹き荒れているが、流石は本家。

 マリーシアのソレとは比べ物にならない規模のものだ。



 この場に居合わせている執事やメイドの全員が、おそらく会議が始まった当初より何度も下がった体感温度に体を硬直させているだろう。


 しかし、そんな中でもセシリア達の思考と口は凍らない。


「……脅し。確かにその通り、なのでしょうね」


 静かに腹を立てる家族の中、セシリアも勿論怒っていた。

 きっと、家族全員同じ理由で。


「あちらの意思は『逃げるなよ?』という所でしょうか……?」


 通常、王族からの召喚に逃げようなどと思う貴族は居ない。


 王族からの召喚を突っぱねるという事は、最悪「王族に対して反意がある」と見做されても仕方が無い事である。

 そんな地雷をわざわざ踏みにいくような阿呆は、この貴族界には滅多に居ない。


 しかしそれでも、オルトガン伯爵家ならやりかねない。

 きっとそう思ったのだろう。


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