第4話 戦いの火蓋は静かに切って落とされた 〜ワルター視点〜

 


 王城は、謁見の間。

 第一王子以外の王族達が勢揃いで壇上に鎮座する中、一段下がったところで彼らに傅く5人の姿がある。


 大人の男が2人、女が1人、そして子供の男女が1人ずつ。

 みんな一様に、壇上に向かって最敬礼の状態だ。


「モンテガーノ侯爵家、及びオルトガン伯爵家。陛下のお呼びにより参上いたしました」


 その5人を代表し、最も爵位が上の者が朗々とそう告げる。

 

 彼、モンテガーノ侯爵家当主・グランの声は、いつもより幾分か固い。

 しかしそれも、状況を鑑みれば仕方が無い事だろう。



 謁見を傍聴する多くの貴族達の前で、彼は今日、今から行われる聴取をどうにかしてやり過ごさねばならない。


(おそらく今、彼には王族の四方を固める護衛騎士さえ、裁決後に自分を連行していく敵に見えている事だろう)


 ワルターはそんな風に独り言ちる。


 懸命に取り繕ってはいるが、彼が元々爵位に似合わず実に小物である事はよく知っている。

 しかも下の相手には横柄なのに、上の人間を相手にすると途端に縮こまるタイプの小物だ。

 1番残念なタイプである。


 しかしまぁ、それでも表面上はビクビクしていないのは、傍聴者の殆どが自分よりしたの相手だからだろう。

 彼はきっと、下の物に自身の弱い所を晒したくないのだ。


 むしろプライドと見栄だけで、よくもここまで体裁を保てるものである。

 そこだけは、尊敬に値する。


(否、もしかしたら侯爵家の当主として、そして何より家族を守るべき家長として、彼は今日失敗する訳にはいかない。そんなプライドもあるのかもしれないな)


 どちらにしろ原動力はプライドなのだが、それでもまだ少しでも「守るべきものの為に」という気持ちがあるならマシである。



 しかし、それにしても。


(やはり思った通り、傍聴者が非常に多い)


 グランのプライドを刺激して結果的に体裁を保つ助けになっているとはいえ、その数は想定通り、やはり多い。


 

 王族が制限が掛けない限り、謁見は爵位持ちなら誰でも傍聴する事ができる。


 勿論、とある例外を除いて傍聴者に発言権が与えられる事はないため、直接的に謁見者の敵にも味方にもなれはしない。

 本当にただ、その場で両者のやり取りを見聞きするだけの存在だ。


 だから昨今、傍聴が出来るとはいえ実際にする者は居なかった。

 それが今日はどうだろう。

 随分と形骸化していた筈の傍聴制度を使って、貴族達がひしめき合うように整列している。


(さて、これは果たして話題性が故か、それとも『あちら』が集めたのか)


 先程「傍聴者に発言権は無い」と言ったが、それはあくまでも発言権だけの話だ。


 多くの人間が集まる場で状況を動かす事が出来るのは、何も言葉だけではない。



 場の空気。

 これは、言葉と共にこの場とこの謁見の結末に、実に大きな影響を与えるだろう。

 

 特にこの場の審判は国王で、彼は貴族の不満を良くも悪くも蔑ろにはできない人だ。

 結果が場の空気によって左右されるという事も、十二分にあり得る話ではある。


(今回の敵が『彼』である以上、少なからずこういった手段に出るだろうとは思っていたが……)


 どうやら彼は、周りを扇動するのが得意なようですから。

 自信満々にそう言った娘の顔を思い出して、ワルターは心の中で彼女の成長を噛み締めた。



 そして、思う。


(この人数を見る限り、どうやらあちらも相当気合が入っているらしいな)


 この人数の謁見者は、確かにワルターの予想の範囲内ではあったが、しかし同時に見積もっていた最大数に近いものだ。

 自分で集めたのか勝手に集まってきたのかは知らないが、どちらにしろこの人数を全て傍聴者として招き入れる辺り、よほどこの結果を周りに吹聴して欲しいらしい。


(これだけの証人を用意するのは、自分達のシナリオが上手くいくと信じて疑っていないから、なのだろうが)


 しかしそれはこちらも同じだ。



 せっかくのこの状況だ。

 あちらの思い描くシナリオを乗っ取り、その上でこの状況を最大限利用させてもらおうではないか。

 

 ワルターは、そんな風に心の中でほくそ笑んだ。


 


 隣をチラリと見て、グランの様子を確認する。

 彼は確かに緊張はしているが、焦っている様子はない。

 

 それもその筈。

 こうなるかもしれない事を、彼は事前にワルターから知らされていた。

 その思惑と、それにハマっては相手の思う壺だという事に。


 

 幾ら残念なヤツでも、グランだって侯爵家の当主である。

 知っていてわざわざその罠に掛かるほど愚かでは無いし、実際にそう出来るだけの場数を踏んではきている人間だ。


 だから彼も「アウェーだからといってその空気感に呑まれてしまう」などという愚行は犯さない。




 この召喚に先立って、ワルターはグランと『とある密約』を交わしていた。


 彼は「侯爵家としてのプライドを守るために」、ワルターは「家族と領地と領民を守るために」。

 その為に、今の両者は協力関係にある。



 勿論、例えワルターに相手への裏切りの意思と予定が無くとも、相手はグランだ。

 一応万が一の時のことも想定し、彼に対する反撃カードも用意はしている。


 が、今回に限ってはそんな事は無いだろう。


(グラン・モンテガーノという人は、自身のプライドよりも侯爵家としてのプライドを大切にする分別は持ち合わせている)


 散々迷惑をかけられてきた相手だからこそ、ワルターはそれだけ彼を観察し、その行動原理を理解しているつもりだった。



「以降の直答許す。面をあげよ」


 よく通る国王の声が、室内へと響き渡る。

 それから一拍置きスッと顔を上げてみると、そこにはまるで今から消化試合でもしなければならない様な、少し面倒臭そうな顔をした男が居た。

 

(いつまで、その様な顔が出来るかな)


 心の中のそんな呟きで、ワルターは彼に宣戦布告する。

 

 ワルターに、仕掛けてきた相手への慈悲は無い。


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