第5話 そう、全ては予定通りに 〜グラン視点〜



 手ぐすねを引いて、相手が仕掛けてくるのを待つワルター。

 しかしその一方、モンテガーノ侯爵家・グランにとっては最初から正念場だった。


「本日陛下が貴方方にお聞きしたい事は、先日王城で開催された社交パーティーにおける『モンテガーノ侯爵家の王族権限の行使疑いについて』です」


 王の側に侍る初老の男は、とある紙に視線を落としながらそう告げる。

 彼はこの国の宰相、国王陛下の右腕だ。



 そんな彼の宣言に、グランは実に背筋が伸びる思いである。

 何故なら、彼の言葉は戦いのゴングと同じだから。

 

 当初から恐れていた『王族案件』の恐怖が現実のものとなってしまった。

 故に、彼はこれから自分の無実を勝ち取らなければならないのだ。

 自らの言葉によって。



 あくまでも外面は取り繕いつつ、グランは人知れずギュッと両の手の拳を握った。


 手のひらに、何やらじっとりと嫌な汗を掻く。

 そんな緊張の中、王は口をへの字に曲げた。

 

「王族主催のパーティーで、侯爵の息子が伯爵の娘に対して退席勧告をしたと聞いている。これが事実ならば、私はお前を処分せねばならんが……何か申し開きはあるか、侯爵よ」


 一聞すると、それはまるでグラグラと揺れる細いロープの綱渡りをグランに強要するかの様な言葉に聞こえた。

 

 弁明の場が与えられるだけマシな、ひどく弱々しいロープ。

 もし本当にこの現状がそうだとしたら、勝ちに希望を見出すのはひどく難しかっただろう。



 そもそもこの件は、多くの者が知る噂となっている事だけではなく、実際に公衆面前で起きた事だ。


 目撃者という証人が多い事と、セシリアがその言葉を命令と間に受けてパーティーを中座したという事実。

 それらが合わさっているのだから、結果はほぼ黒なのだ。


 つまり、この件が『王族案件』として有罪になるか否かを決定づけるものは、ただ一点。

 王族が「謁見行為だ」と主張するか否かの問題だけなのである。


 そんな状況だ、例え「ここで平常心が保てねば、ほんの少し残されたその可能性さえ掴めなくなる」と分かっていても、普通は中々実際にそうする事など出来ない。



 しかし意外にも、グランはその可能性をきちんとそのまま残していた。

 何故なら。


(ヤツが言った通りではないか、本当に)


 そう、彼は予め教えられていたのである。

 この一本の細いロープが、その見た目に似合わず、千切れるどころか一ミリだって風に揺られない程の強度を誇っている事を。



 

 ワルターの訪問に応じ、互いの利害の下協力関係を築いた後。

 今回の召喚に関して、グランは幾つかの予測を聞かされていた。


 一つ。

 おそらくあちらは、この件を『見世物』にするだろう事。


 一つ。

 『見世物小屋』には、おそらくこちらに悪意を持ったあの日の目撃者達が来るだろう事。


 一つ。

 今回の件、おそらく事を荒立てたのは側妃辺りで、陛下自身は大した興味を抱いていないだろう事。


 

 そんな言葉に、グランは正直に言って半信半疑でここまで来ていた。

 しかし。


(ここまで来れば、流石に認めざるを得んな)


 自分の目で見て、そう思う。



 一つ目と二つ目は、この会場に足を踏み入れてすぐに分かった。

 そして三つ目も、陛下の声を聞いた今正に、分かってしまった。


(召喚理由のわりに、彼の声からは「相手を糾弾してやろう」というやる気……というか、覇気のような物が感じられない)


 例えクレアリンゼの様な慧眼が無くとも、「そうかもしれない」と疑うだけで随分と違う。

 そして疑ったグランが気付けるくらいには、国王陛下の仮面は薄かった。



 

 因みに、ここまで分れば次は「じゃぁ一体誰の思惑でこの場を設けられたのか」という話になるが、それについてはワルターがこんな風に説明していた。


『まさか同派閥の王妃が自分の首を絞める様なマネはしないだろうし、確かに対立派閥の人間だが宰相が進言するには時期的に遅すぎる。他貴族からの声が最近高まっているという事もないとなれば、十中八九側妃かと』


 それを聞いて、悔しいながらも「確かにその通りだな」と納得してしまう。


 特に、普段あまり公の場に出られない側妃が、今日に限ってわざわざ第二王子まで連れ立って来ているとなれば、尚更だ。


(あの宰相の娘という事もあり、あの側妃は謀略好きのサディスト気質だ。ならば例えば「敵対派閥の重鎮を罠にかけ、追い詰められるところを直に見たい」と思っても、何ら不思議は無いだろう)


 そんな風に、考える。



 しかしそれを知って尚、否、ここに来る前からその可能性を知っていたからこそ、今のグランはほぼ平常心を保てている。

 むしろ、あまりの予定通りに思わず内心で笑ってしまったくらいだ。


 だから、彼は『予定通り』に口を開く。


「あの日、我が息子には越権行為をしている自覚はありませんでした。しかし――そう取られても仕方が無い振る舞いをした事は、事実です」

「そうは言ってもな、モンテガーノ侯爵。こちらの調べでは複数の者がその姿を目撃し――ぇ?」


 おそらく否定が先立つと思っていたのだろう。

 あの宰相が資料に視線を落としながらしたり顔でそう言いかけて、次の瞬間「えっ」と目を大きく見開く。


 

 グランの言葉は、正しく「罪を認める言葉」だった。

 それを聞いて、場はザワリと大きく揺れる。


「おい、認めたぞ」

「あの侯爵家がすんなりと……」


 傍聴席から聞こえてくるのは、その殆どが驚きだ。


 中には「これであの家も終わりだな」とかいう得意気な物や「もう少し悪あがきしてくれなければつまらんぞ」などという悪意ある不満声もごく少数漏れ聞こえてくるが、それは敢えて切り捨てる。


(大丈夫だ、これで良い)


 罪を認めるというのは、通常相手に処分の口実を与える事だ。

 だから少し不安になって、しかしその気持ちは心の中で己を鼓舞して鎮静させる。


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