第6話 本『作戦』最大の武器 〜グラン視点〜



 まずは事実を、皆の前で認める事。

 それがワルターから齎された『作戦』の第一段階だ。


『どう取り繕おうとも、目撃者が大勢居るという事実は変えられません。ならば下手に否定して揚げ足を取られる前に、きちんと認めてしまいましょう』


 それがワルターの言い分だ。



 悪い事をしたという事実を皆の前で認める事は、グランにとって苦渋の決断だった。


 実際、グランは今でも「あれはそもそもオルトガンが悪い。爵位に従い折れていれば、事は穏便に済んだのだ」と思っている。


 しかしここまで事が大きくなってしまった以上、どこかで妥協しなければならない事も、グランはきちんと分かっていた。

 

 今回の件だって、彼は一応『手紙での謝罪』や『和解という建前』は踏めている。

 私的感情と貴族としての損得勘定を別にして考える事は、彼にも出来る。


『素直に認めるアクションで良いのです』


 背に腹は変えられないグランは、暗に「フリでいい」と言ったグランの話に乗った。

 

 つまりこれは、以前グランが子供達にやらせようとした『和解劇』と同じなのだ。

 周りにそう見えればいいのであって、そこに誠意は必要ない。




 正直言って、この話をされるまでグランの中には「下手な悪あがきをするか否か」という選択肢しかなかった。

 

 しらばっくれて、無傷で逃れられるか。

 それとも「反省の色無し」と見做され、より重い罪が降りかかるか。

 それとも反抗は辞めて言われるままに刑を受けるか。


 そんな2つしかなくて、それならば博打を打とうと思っていた。



 しかし、ここに来てワルターは言ったのだ。


『そうすれば、博打を撃たなくても無実をもぎ取れますよ』と。



 グランは考えた。


 もし『事実を認める』ならば、侯爵家としてのプライドと威光に少なからず影が刺す。

 しかしその代わりワルターの援護射撃が期待できるので、重い刑に処されるリスクは格段に減る。


 その上、上手くすれば――無罪だって夢じゃない。


 

 グランはちゃんと知っていた。


 ワルター・オルトガンという人間は、ひどく悪知恵が回る。

 今までヤツに何度煮湯を飲まされてきた事か。

 その数だけ、グランはその能力を目の当たりにしては歯噛みしてきた。


(それこそコイツは、宰相よりも厄介だ。実に忌々しい事だが、そこだけは信用していい)


 これは命の選択だ。

 極刑となれば当然自分の命は無いし、その上には連座なんて物まである。

 

(俺は決して、ヤツを信用するのではない。これは自分自身の経験を信用するのだ)


 だから彼は、自分を信じてこう告げる。


「直接的に『帰れ』と口にした訳ではありません。しかしセシリア嬢や周りに『そう』と誤解されたなら、それは認めなければならない間違いなのでしょう」


 それは堂々たる告白だった。


 

 

 そのあまりの堂々さに、宰相が思わずたじろぐと、仕事をしない進行に王の咳払いが届けられた。

 それでハッと我に返り、宰相は気を取り直す。


「君は『誤解』と言ったが、例えそうであったとしても越権行為を働いた事には変わりない」


 その言葉には、まだ王がそうと結論付けた訳でもないのに「これは間違いなく越権行為だ」という決めつけが存在している。


 しかしまぁ、ヤツならそう言うと思っていた。

 なんせ相手は我が『革新派』の政敵、『保守派』筆頭、ノートン・テンドレードの弟なのだから。



 そんな相手だ。

 事実がどうであれ、誰だって「削げる内に勢力を削いでおこう」と思うだろう。


 もし自分がそちら側だったら、嬉々としてそれを利用した。

 それは間違いないだろう。

 だからその勝ち誇った様な上から目線に、腹は立てどもそれだけだ。


 

 事実を認めた後は、余計な反論は絶対にしない。

 これもワルターの『作戦』だ。


 そして、ここからは主導権を隣に移す。




 ちょうど宰相が「返す言葉もないか」と1人ほくそ笑んだ時だった。


「おそれながらその件について、私からその件について、補足で説明をさせていただきたく」


 ワルターのそんな横槍に、気持ちよくなっていた宰相の表情が曇る。

 邪魔しおってと言わんばかりの視線を向けて「……何だ」と邪険な目を向ければ、それを気にしないワルターはハァとため息を吐く。


 それはおそらく、邪険にされた事への抗議だったのだろう。


 だって、この場に呼ばれたオルトガンにも当然発言権は確かにあるのだ。

 なのに、ただその自由を行使しただけで露骨な態度を示された。

 

 この場で発言許可を取り下げる権利を持つのは、唯一王族だけである。

 例え爵位の上下があれど、宰相がそれを邪険にするのはお門違いだ。



 しかし、まぁ。


(分かるぞ、宰相。コイツはいつも、敢えてこちらの間に障る事をするんだ)


 思わずあちらに同調してしまうのは、今まで舐めた頭の辛酸のせいだ。



 しかし、次の瞬間グランの感情はワルターの味方になった。


「その件については、既に私とモンテガーノ侯爵との間で和解が済んでいるのですよ」


 これぞこの『作戦』最大の武器。


 その存在をサラリと告げたワルターに、宰相は思わず顔を顰め、グランは心中で「宰相め、ざまぁ見ろ!」と叫んだ。



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