第7話 個人同士の問題だ 〜ワルター視点〜



 流石は曲がりなりにも『宰相』という地位に座る人間なだけの事はある。

 どうやら彼は、ワルターのこの一言だけで、形勢の不利を悟ったようだ。


「中立のオルトガン伯爵家が、まさか侯爵側につくとは」


 引き攣った笑みを浮かべて、宰相がそう告げる。

 しかしそれにと、ワルターは全く応じない。


「侯爵側、ですか。いつ派閥や対立関係の話になったのでしょう。私達は『個人的な案件に対して』話し合い、その結果、偶々今回は和解に至った。ただそれだけの事ですよ」


 それは中々に上手い切り返しだった。

 だって王も宰相も傍聴者達も、今までずっと「これは派閥争いの延長だ」と思っていたのだから。


 実際、この結果は派閥争いに響くだろう。

 しかしそれはあくまでも副産物。

 実際は、偶々場を仕切る宰相が『保守派』陣営で、その尋問相手が『革新派』陣営で。

 そして参考人として呼ばれたのが『中立』を謳う家だったというだけの話だ。

 

 それ以上でも以下でもない。



 そして何より、これはクラウンとセシリアの間にあった諍いであり、家同士の物とは言えない。

 そこまでの権限は、まだ10歳になったばかりの子供達には与えられていないのだ。

 


 正論を突きつけられて、周りは「そうだった」と思い出し、宰相は追撃できずに押し黙る。

 そんな数秒の沈黙にワルターは、今度は証拠の有無を差し込んだ。


「その証文も、ここにあります」


 言いながら、ワルターは上着の内ポケットから三つ折りにした一枚の用紙を取り出した。

 すると流石に王が反応し、背もたれから少し体を起こす。



 証文。

 それは、この国において法的拘束力を持つ代物だ。


 これを作るには王国法務部の審査を通過し王族の印が必要になる。

 それがあるという事は、当事者たちが国の作った法の下できちんと和解したという事なのだ。


 例え王の御前であっても、その証拠能力は十分に発揮される。

 だってそこには、王族の承認印が押されているのだから。



 ワルターがソレを前にスッと差し出すと、王が短く「宰相」と命じた。


 それに倣い宰相がソレを取りにやってきて、紙の中を改めた。

 そしてまた少し顔を歪めると、無言のまま踵を返し、待っている王にそれを渡す。



 数秒間だけ中を改めると、王は一度それを宰相へと返した。

 何を言わなかった事から、最低限それが本物であるという確認はできた様だ。


 手元に戻された証文を、宰相はまるで目を皿の様にして粗探しし始めた。

 その気配を感じて、ワルターは「今の内に」と証文の内容をザックリと説明し始める。


「その証文で交わされた合意事項は、次の3点。一つ目に、『モンテガーノ侯爵側がこの件に関する無礼を正式に謝罪する旨』。二つ目に、『侯爵側に退場を促す他意は無かったと、私側が納得した旨』。そして三つ目、『我が娘が、クラウン殿からの口頭による謝罪を全面的に受け入れた旨』」


 スラスラと出てくる文言は、彼がその内容を暗記しているが故である。


 何を隠そう、この証文の文章を書いたのはワルターだ。

 元々の記憶力も相まって、彼がその内容を誦じられない筈がない。


「勿論、書面は既に王国法務部と王族からの承認印が押されています」


 ワルターのそんな言葉に、あの短い間にそこだけは確認したのだろう。

 王が「うむ」と頷いた。


 すると。


「……私はこんなの知らないぞ」


 宰相が、ワナワナと手を震わせながらワルターに言う。


「こんな文書、私は確認していない! 証文は、等しく国王様が印を押される。そしてその前には私が必ず目を通す。私が知らない筈がないっ!」

「そんな事を言われても、実際に印は押されている以上有効ですし、私は困る事しか出来ないのですが……」


 宰相の声に、ワルターはあからさまに困り顔をしてみせた。

 そして、その上でこう告げる。


「もしかすると、陛下ではなく他の王族の方のお仕事なのではないですか?」


 その声に、宰相はハッとした顔になった。


「オルトガン伯爵、貴様最初から知っていたな……?」

「何の事です?」

「陛下は多忙だ。その為比較的簡単な作業は王子達に割り振られる」

「そうなのですか」


 ワルターはシレッとそう言った。


 しかし実は、最初から知っていた。


 証文の承認について、貴族家同士などの大規模な物は王が見るが、個人同士の小さな物は第一王子が確認しているという事。

 そして第一王子の押印前の確認者は、宰相ではなく第一王子付きの文官であるという事を。


 ワルターはあらかじめ、証文を交わした事実が宰相まで届く可能性は極めて低いと知っていた。

 しかしそれでも、正規のルートは通してある。

 だからわざわざ前日などに調べていれば、間違いなく見つけられただろう。


 調べなかったのは宰相側の落ち度だし、こちらとしては最悪どちらに転んでも良かった。

 だってこれは「当日まで知らず、驚きで相手のペースを崩せればラッキー」という程度のものだったのだから。


 今一番大切なのは、あくまでも『国の法が味方してくれる今の状況』なのである。


「これを以って、既に正式な和解が成っているのですが……」


 ワルターはそこまで言うと、一度ここで言葉を切った。

 そして心底不思議そうな顔を作って、こう尋ねる。


「何故、私達はこの場に召喚されたのでしょうか?」


 その言葉に、仕草に、疑問の言葉に。

 召喚した王族側は勿論、傍聴人達もみんな揃って驚いた。


 だって、召喚の理由なんて明白だ。


「それは勿論、モンテガーノ侯爵家が『王族案件』を引き起こしたからに決まって――」

「いいえ。ですからこれは『王族案件』にはなり得ないと言っているのです」


 宰相の言葉を遮って、ワルターはそう断言した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る