第8話 不幸な事故でしかないのだから 〜ワルター視点〜



 ワルターの言葉は、周りの驚きを孕む物だった。

 しかし腐っても宰相、彼はすぐに立ち直り、鼻で嗤ってこう言った。


「……何をいうかと思えば、そんな戯言。おそらくこちらの動揺や焦りを引き出したかったのだろうが、そうはいかん」


 騙されないぞ。

 宰相の言葉からは、そんな気持ちと嘲りが見て取れる。

 その後ろでは王が少しホッとした様な表情を見せているが、ワルターからすると一体何をもってホッと出来るのか理解に苦しむ。


 何故なら彼は、至極真面目に「この件は『王族案件足り得ない」と思っているのだから。


 

 しかし周りは、まだそれに気付いていない。


「伯爵よ、お前が侯爵を庇いたいのは分かったが、つい今し方侯爵自身がその口で罪を認めたのだ。流石に言い訳するには少し苦しいな」


 冗談半分に笑いながら、王が告げる。

 しかし彼の「今なら冗談として許してやるから」という温情を、ワルターは「不要だ」た突っぱねた。


「いいえ、陛下。それを根拠とするのなら尚更、これは『王族案件』足り得ないのです」


 キッパリとそう言い切って、彼は形の良い笑みを浮かべた。

 


 その様は、不敵と言うのに相応しい態度と物言いだった。


 言葉自体は丁寧でも、交戦意思は王に真っ直ぐ突き刺さる。

 そして流石にそれを見逃せる程、王の懐もそう広くないようだ。


「……何だと?」


 先ほどよりもワントーン、声が落ちる。

 そこには明らかな不機嫌が示されているが、それは仕方がないだろう。

 


 本来この場は、王族の権限が汚されたか否かを吟味する場。

 つまりこの件が王族が吟味すべき案件・『王族案件』であるのは大前提で、今はその正否を問うている筈だ。


 なのに今、王はそもそもの前提を否定され「何を不毛な吟味をしている」と面と向かって言われている。

 それを、この態度も相まって馬鹿にされていると感じるのも無理はない。


 

 そんな王を前にして、ワルターは1人ほくそ笑んだ。


 今までどこか他人事だった王の意識を引き上げて、自分事として認識させる。

 怒りから「粗探ししてやろう」という悪意を引き出し、相手の聞く耳を引っ張り出す。


 そう、どちらもワルターには予定通りだ。


「今提出しました証文にもあります通り、私達はクラウン殿の言動に他意は無かったと納得しているのですよ」

「それが一体何だというのか。そもそも『セシリア嬢が会場から立ち去った』という結果が、その件の発端になっているのだぞ?!」


 なのに何だ、その態度は。

 そう言いたげな声だった。


 しかしすぐに、彼は「良い事を思い付いた」と口角を上げる。


「……あぁ、つまり伯爵、お前は『全ての落ち度はセシリア嬢の方にあると言いたいのだな? 不敬罪で娘が刑に処されても仕方がないと」


 「揚げ足を取ってやった」と、この時の王はきっとそんな心持ちだったのだろう。

 彼は、そう思わせる態度だった。



 これは、王からワルターへの脅し文句だ。



 今すぐ言動を改めねば娘の命はない。

 私の裁量でどうとでもなるのだぞ。

 

 きっとそう言いたいのだろう。



 しかしそれを分かっていて尚、ワルターは不敵に笑う。


(改めねば実際にそうすれば良いし、改めたなら改めたで脅されればすぐに掌を返した事になる。前者ならば苦痛に歪む伯爵の顔が見られるし、後者なら王族の威厳の向上と伯爵の威光の失墜が見られる。きっとそういう算段なのだろうが……)


 どちらにしても、王の腹立たしい気持ちは癒える。

 そんな物、ワルターの手に掛かれば夢物語だ。


「問題をすり替えないで頂きたい。この件の発端は『セシリアが会場から立ち去った事』ではなく、『クラウン殿が言葉を発し、セシリアが会場から立ち去った事』です」


 ワルターがそう告げると、今度は宰相が口を挟む。

「ならばやはり『王族案件』に相違無いな。クラウン・モンテガーノの越権行為、それがこの件の根幹――」

「いいえ宰相閣下、これはただの『不幸な事故』ですよ」


 言い放たれたその言葉に、王も宰相も2人揃って「はぁ?」という顔をした。


 それはそうだろう。

 だってワルターは、『王族案件』にまで発展しているこの件を『不幸な事故』として処理しようとしているのだから。


「そんな屁理屈を言うではないわ!」

「屁理屈ではありません。お互いの間に不幸なすれ違いがあった。それはこの国の法に則った証文の内で、既に互いに確認済みです。王家はそれを既に受理なさっているではありませんか」


 そう。

 侯爵側はあの日のクラウンの言動の事実を、伯爵側はそこに他意がなかった事を、それぞれに証文内で認めてある。

 それはつまり互いの中にあったボタンの掛け違いを、これが『不幸な事故』であった事を認めたも同然だ。

 

 そしてそれに王族印が押されている以上、王族もそれを認めた事になる。



 法はあっても、この国の最高権力者は王である。

 だから例えば「そんなの無効だ!」と叫べばそれは、その瞬間に有効になる。


 しかし王がそう出来ない事を、ワルターはよく分かってもいる。


(もしそんな私情で宣言すれば、王の気持ち一つで捻じ曲げてしまえる様な『法』とは一体何なのか。果たして守る意味などあるのか。周りはそう思うだろうからな)


 当代の王は、周りの顔色をとても気にする。

 それがこの王の『王の器足り得ない所以』なのだが、しかしだからこそ、そういった事には敏感だ。


 この数の傍聴者達にそういう不信を植え付けるキッカケを、彼は進んで作りたがらない。

 だからこそそんな、強権を発動する事など出来やしない。


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