第9話 変わりはじめた雲行きは 〜ワルター視点〜



 咄嗟に言うべき言葉を見つけられず、王も宰相も一度グッと押し黙った。

 周りもチラホラ、ワルターの主張について真面目に考える素振りを見せる人達が出てきている。


 ワルターは、その隙を逃さない。


「侯爵側の誤解を生みかねない行動を、こちらが誤解してしまった。これはその為に起きた事故であって、『王族案件』ではありません」


 この部屋の全ての人に聞かせる為に、身振り手振りを交えてそう呼びかける。

 そして。


「つまりは行き違い、勘違いの結果。しかもそれを起こしたのは、何の貴族的権限も持たない10歳の子供達です。勘違いから起きたただの子供同士の問題に、何故『王族案件』などという仰々しいものを持ち出されなければならないのでしょうか?」


 そんな彼の言い分に、室内はしんと静まり返った。

 しかしそれも、ほんの一瞬でしか無い。

 すぐに大きなざわめきが室内を素早く駆け巡った。


「……言われてみれば、確かにそうかもしれないな」


 そんな誰かの呟きから始まり色々な声がヒソヒソと飛び交う。


「俺は実際にあの日見たが、確かに子供同士のケンカだったぞ?」

「令嬢のドレスを汚すのは決して良いことでは無いですけれど、事故でそうなってしまう事は無いことではありませんしね」

「汚してしまったなら責任を取ろうとするのは、至極真っ当な事だろう。ただその……今回はそのシチュエーションと言葉が悪かっただけで」


 その声を聞く限り、傍聴者達の思考誘導なは、どうやら成功した様だった。


 彼らはそれぞれ思い思いに言葉を紡ぐが、そらはどちらか一方を責めたり擁護するものではなく、むしろ事態が大事になってしまった事に対する憐れみが多い。


「セシリア嬢が立ち去ったのは誤解があったからだし、そもそも汚れたドレスでパーティーに参加し続ける事はホストに対しても無礼だしな」

「セシリアさんが周りを不快にさせないように配慮した結果という事ならば、むしろ子供にしては気の利いた行動だったのでは?」

「どちらが悪いわけでも無い、か。たしかに誤解が生んだ『不幸な事故』だな」


 ザワザワと聞こえてくるそんな声に、ワルターは内心で満足げに頷いた。



 相手が余裕を欠けば欠く程、会話の主導権は握りやすくなる。

 感情が昂ぶれば昂る程、その思考回路は直上的になり読みやすくなる。


 だからそうし向け、話の流れを誘導する事で傍聴者達の思考までもを誘導した。

  


 勿論これは、何かしらの強制でも、虚偽を申し出た訳でもない。


 証文の内容は、その全てが本心ではないにしても、両者が互いに落とし所を模索し同意した地点だし、事実とも相違無い。


 多少の筋道は立てたものの、した事と言えば精々それぞれの頭に考えるキッカケを作った事くらいなものだ。

 虚偽も強制もしていないのだから、紛れもない真実の形と言える。


 


 大多数が、子供達擁護派へと回り、ムードは「もう仲直りしていると言うのなら、もうそれで良いのではないか」という方向へと傾いている。


 しかしそんな中、その流れを良しとしない声が上がった。


「そんなのはただの屁理屈だ! ここは言葉遊びをする場ではないぞ、オルトガン伯爵!!」


 やっと来たか。

 ワルターはそう思う。



 

 そもそもワルターは、他人の思考を全てにおいて「前へ倣え」出来るとは思っていない。

 

 ワルターが与えられるのはあくまでもキッカケでしかなく、それ以上は無理なのだ。

 だから例えば、そもそも最初から自分の考えを変える気が無い人間の考えは、変えることなど出来る筈もない。


 そういう人間が、頑固なのか、それとも『そうで無いと困る理由』が何かあるのか。

 どちらかは知らないが、正直そんなのどっちでも良い。


 気にすべきは、後者ならば今の状況を許す筈がないという事。

 そしてそういう人間は、王や宰相が言葉を無くしている今、自分で動く他は無い。



 説明は一通りしたと思ったが、それでも乱入してきた声はそれらを全て「屁理屈だ」と一蹴した。

 しかしこの展開さえ予測できていた以上、ワルターが慌てる事は無い。




 普通ならば、謁見の場で傍聴者が横槍を入れるなどという事は以ての外だ。

 王の許可を得ていないなら尚更で、口を挟んだ地点で会場からつまみ出されても文句は言えない状況である。


 しかし王は案の定、静止をかける様子が無かった。

 それどころか、咄嗟に乱入者に苦言を呈そうとした宰相を小さく「よい」と制している始末だ。


(ふむ。どうやらやはり、王は静観する気のようだな)


 その様子に、ワルターはそう独り言ちる。


(大方「反論したいが自分はその言葉を持たない。しかし静観すれば、あわよくば間接的にでも伯爵を言い負かせるかもしれぬ」などと思っているのだろうがな)


 ただの子供同士のケンカを『王族案件』だと騒ぎ立てるなど、分別のある大人を自負し、それ以上に王としての威厳を保ちたがっている彼にとっては、赤っ恥以外の何者でも無い。

 さぞかしこちらをやり込めたくて仕方がない事だろう。



 そこまで思考を巡らせて、傍聴席を振り返り。

 そしてワルターは、ほんの少し口角を上げる。


「何でしょうか? ――マーチリー子爵」


 設置型の狩猟罠に予定通りの獲物が掛かった、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る